書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

四国のお寺に参拝(少し追記)

 先週は、雨の中をなんとかかいくぐって、四国の、あるお寺に参拝して来ました。

 そこは、私の実家に所以のあるお寺で、以前からずっと行きたかったのです。

 台風が来るやら、前線が発達しているやらで、大雨になる予報でしたが、なんとか天気も持ち、降っても小雨程度で、無事に行って帰って来れました。意外と大阪から四国は遠いです。やっぱり、新幹線が通っていない、というのは大きいですね。

 四国に行く方法は大きく分けて四つ。車で明石海峡大橋と淡路島経由、JRで岡山から、そして各港から船で、そして飛行機で高知空港へ。

 私は車まで淡路島経由で行きました。高齢の母と、時間を守らない姉と三人旅でしたので、どうなることか、と思いましたが、無事に行けてホッとしています。

 先方のお寺には、伺う事を事前に連絡していたので、住職さんが出迎えて下さいました。以前に一度だけ来た事があるのですが、まだ若い頃でお寺には全く興味がなく、ほとんど何も覚えていません。今回が初めてのようなものです。

 境内に入ると、大きなご神木がありました。右側のお堂では、団体さんでしょうか20名ぐらいの方々がお経を唱えておられました。住職さんがお寺の中に入れて下さり、甘いお煎茶を出して下さいました。住職さんと母が、昔語りをしている間、私は、やっと来れた事が嬉しくて、思わず涙。来れて嬉しい、という気持ちで胸が一杯でした。

 大きなお寺ですので、維持管理も大変、というお話も住職さんから伺いました。塀が倒れただけで、すぐに役所から人が来て、「勝手に直さないでください」と注意されるのだとか。簡単にコンクリートの塀など建ててはいけなくて、重要文化財にふさわしい修理をせねばならないそうで。ちょっとどこか直すだけで、3億、4億、かかるのだとか。桁が違います。。住職さんも、そんなに華美にお金をかけたくないのだそうですが、国から指導が来るので、どうしようもないのだとか。

 お話しを伺ってちょっと落ち着いてから、お堂の中に入れて頂きました。そこには、実家に所以のある仏様の仏像があるのです。普段は閉じているという扉が、私達が行くという事で開けて下さっていて、綺麗なお供えも置いて下さっていました。仏像は御身体のほうはもう古く彫りも若干薄れているのですが、やはり、お顔だけはしっかりとしていて輝くようにきれいです。優しい穏やかなお顔です。仏様の前で、住職さんがお経を唱えて下さり、お焼香もあげさせて頂けました。胸にこみあげるものがあり、手を合わせてここに来れた事にお礼を言い、息子の事を一つ、お願いしました。

 お堂はとても古く、天井や壁に絵が施され、歴史を感じさせる重厚さがありました。最近、地震対策に斜交いの木材を壁に入れたそうで、その工事だけで五千万円かかったとか、、。桁が、、。

 後ろで大きなガチャン!という音がしたので振り向くと、お堂の外にお賽銭箱があり、参拝客の方々がお賽銭を入れた音でした。普通はあそこから参拝するところを、お堂の中に入れて頂き、こんなに仏様の近くまで来させて頂けた事を、感謝しました。

 次に住職さんは、本堂のほうへも入れて下さいました。こちらは、畳敷きの大きなお部屋に、綺麗な襖絵が沢山書かれている豪華なお部屋でした。とても清潔できれいにされていて広く、椅子や御座蒲団が沢山あり、ここでお葬式等もあげられるのだろうなと思いました。お寺の本来の仏様も、とても優しそうなお顔でした。

 このお寺にある仏像も、全て木で出来ているそうで、私は以前からの疑問を住職さんに伺いました。

 「木で出来ている仏像なのに、どうして千年以上も朽ちずにそのままなのですか?」

 住職さんいわく、「仏像は、木の表面に、特殊な塗料を塗ったり、特殊な布を張り付けたりして、補強しているので強いのです。また、木というのは、一度徹底的に乾燥させ、それ以降一切濡らさない環境に置いておけば、腐ったり虫がきたり朽ちたりせずにそのままで保存できるのです。また、お寺の仏像は、定期的に検査して、少しでも悪くなりかけた箇所が見つかれば、専門の技師さんの所で補修してもらうので、より万全なのです」。

 知らなかったです。木って強いんですね。と私が言いましたら、「そうですよ」と住職さんは笑っておられました。木造の仏像なのに、ブロンズ像みたいに見えますよね、と言いましたら、「そういう塗装をされているのです」と仰っておられました。「仏像のお顔だけが光って見えるのも塗装のせいですか?」と尋ねたら、「それもあるし、お顔は特に念入りにお掃除(お手入れ?)するからかもしれません」と仰っておられました。

 四国日帰りはなかなかしんどかったですが、疲れが翌日に持ち越される事もなく、元気に行って帰ってこれました。どころか、肌が全身つるつるぴかぴかで、顔も髪もうるうるつやつやで、エステに行ったかのようです。ずっと行きたかったお寺に行けたせいで、精神的に満たされたからかもしれません。こんな風に、行きたかった所に行けた時は、健康の有難さを感じます。

 

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 余談ですが、住職さんと雑談していた時、「お住職も高野山には行かれた事はあるのですか?」と伺ってみました。そしたら住職さんは「それは、あります。よく行きますよ」と言われました。四国から高野山に行くのは、相当遠いのに、大変だなあと思いました。

 「高野山、寒いですよね。私、9月の末に行った事があるのですが、寒くてダウンコートを着ました」と言いましたら、「高野は寒いです。特に1月、2月、3月は寒いです。私は高野では、冬は風呂に入りません。風呂の床に足をつけたら足の裏が凍りそうになって、こりました」と笑っておられました。

 「どうして空海さんは、あんな寒い辺鄙な場所に、町を作ろうと思われたのでしょうか」と伺ってみましたら、住職さんいわく、「空海さんは、修行の為に高野に行ったのですよ。修行の為なので、より厳しい環境を選んだのです。厳しくなければ修行になりませんから。高野に町を作ったのは、空海さんが亡くなった後の、弟子達です」と仰いました。なるほど。そういう解釈もあるのですね。

 私の大好きな桜井識子さんによれば、高野山はすごいレベルの霊山なので(霊山というのは、平らに言えばパワースポットという事です)、それを見つけた空海さんが、高野山にお寺を開こうと考えたそうです。

 事実は、お住職とお話しと桜井さんのお話しの、中間のあたりにあるのだろうと思いました。

 今回、少し四国を歩きましたが、お遍路さんを少なからず見かけました。お住職によれば、昨年までのお遍路ブームは、一段落ついて、今年は減ったとの事ですが、大阪から来た人間からしたら、それでも多いなあと感じました。

 

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