書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

「日時計」シャーリイ・ジャクスン

 私が、シャーリイ・ジャクスンの小説を初めて読んだのは、アメリカで、何の気なしに取った大学の教養講座で、でした。「The Lottery(くじ)」がその日の課題で、「The Lottery」は15分ほどで読み終えるような、とても短い小説でしたが、ラストシーンの衝撃がすさまじく、この小説一つで、私は、「アメリカ人には敵わない。こんなものが書ける人達に勝てるわけがない」と思ったのを覚えています。

 50年近く生きてきて、週に2~3冊は本を読み続けてきて、その中で一番衝撃を受けた小説は?と問われたら、間違いなくシャーリイ・ジャクスンの「The Lottery」と答えます。多くのアメリカ人が、そう答えるのではないでしょうか。

 とはいえ、シャーリイ・ジャクスンは短編小説家ではなく、長編作家です。多作ですが、日本にはあまり翻訳本がありません。作風は、ゴシック風味あり、寓話風味あり、ミステリー風味あり、ホラー要素もあり、ユーモア小説風でもあり、基本的姿勢はとことんアイロニックです。一番の特徴は、難しい言葉遊びが多いこと、そして、引用を多用する事です。なので、翻訳家の力量がシビアに試される事となり、日本でもなかなか翻訳本がでないという事情になっています。

 この「日時計」も、本国での出版は1949年ですが、日本で出版されたのはつい最近(2015年)です。この小説は、世界が崩壊するという予言を軸に、ストーリーが進みます。世界は崩壊するけれども、ある屋敷の中にいる人間だけは助かる、という予言、それ自体が本当かどうかも分からない中で、またその屋敷の住人達の顔ぶれというのが、、、。誰一人として友達になりたいと思える人はいない。打算と愚かさと配慮の無さ、残酷さ、悪意、を多分に持ち合わせている人達ばかりで。その人間劇は時に、嫌悪感を呼び覚ますレベルにまで膨れ上がるのですが、それでも、彼らの中にある闇は、確かに私自身の中にもある。共感というほど強いものではないにしても、何かしらの引っかかりがあり、それを弁のようにして、読み進める事になります。同時に、世界崩壊が真実か否かという謎が、強力な牽引力ともなっています。

シャーリイ・ジャクスンを読むと、人というものの可笑しさと、人生の面白さに、妙に開き直れるというか、気楽になれるというか、少しだけ呼吸が深くなるような、そんな感じになります。

 

日時計

日時計

 

 

 シャーリイ・ジャクスンの小説の作風と、似ているなあと思ったのが、アメリカのテレビドラマ「ソプラノ」です。ご存じでしょうか。心療内科に通うマフィアのトップが主人公のドラマですが。あれも、ミステリー・ホラー・ユーモア・アイロニーといった味付けがされていました。その「ソプラノ」のラストシーンと、「日時計」のラストシーンが、とても似ていると私は思うのです。

 「ソプラノ」は、超ヒットドラマでしたので、ラストシーンについても賛否両論飛び交いました。日時計」が出版されたのは、「ソプラノ」が作られる半世紀も前なので、「ソプラノ」製作者達が、意識的にシャーリイ・ジャクスンを模倣していたのかどうか、本当のところは分かりません。。。