書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

祈願成就についての補足

 昨日の記事で、祈願完璧成就!、みたいな風に書いてしまったので、「事実と若干ずれている」と気づき、今日は少し軌道修正します。あ、いや、訂正ではなく、補足、とう感じですが。

 たとえば息子の不安感の事で。なんだかもう完全に克服した、みたいに書いてしまいましたが、現実にはそうではなく、まだまだ彼は不安感を、健常者よりずっと多く持っています。でも、9月以降変わったのは、それを引きずらない事、です。

 息子は不安感があるとそれを私にぶつけてくるわけなんですが、以前なら、その状態が何時間も続いたんです。私も、彼が何に対して不安感を持っているのかハッキリ特定できず、ただただ嫌がらせのように付きまとわれて、不安感を訴えられるのに疲れ果ててしまっていました。

 でも最近は、息子が何に対して不安を感じているのか、がすぐに分かるようになり、また、であればどうしたらいいのか、も、すぐに分かるようになり、息子の不安も、私のしんどさも、すぐにその場で解決できるようになったのです。

 たとえば、昨日の夜はこんな感じでした。

 中間試験が近いので、息子と一緒に勉強していました。息子はどれだけ長時間勉強しても疲れない体質なのですが、私がグッタリしてきました。苦手な物理をやってましたし。疲れた私は、自分では気が付かなかったのですが、怖い顔になっていたようです。

 やっと勉強が終わり、疲れた私は、やるべき事を超特急でこなして、さっさと寝たい、と思っていました。なのに、息子が私に付きまとい、私の顔ばかり覗いて、神経質そうにしています。邪魔で仕方ない。

 息子としては、私が怖い顔をしているのが不安で仕方なかったわけです(後で分かりました。その時は分からなかった。ただ邪魔だなーと思っていた)。

 息子を適当にいなしながら、とにかくやるべき事をやり終え、さあ寝ようと寝室に行ったら、面倒くさい事に、神経質そうな顔をして息子が付いてきました。ああ、嫌だ、例の長時間質問が延々続くパターンが再開したのか、、、と私はげっそりしました。

 息子は、「お母さん、笑って」と言って来ました。「はあ?」と思い、「いや、お母さんは疲れたから、笑えない」と答えると、「じゃあ、お母さん、もう僕に勉強教えなくていいよ。僕に勉強教えてお母さんが疲れて笑わなくなるのが嫌だから」と息子が言い、私は「そんなら、お母さん、もう勉強教えないね」とそのまま返したら、息子はすぐに「あ、やっぱり、困るから、教えて」と言う。「分かった、教えるよ」と言うと、息子が手を振り絞って泣きそうになりながら「でも、お母さんが笑ってくれないのが不安で仕方ないから、24時間笑ってて」と言うわけです。「無理よ。疲れたら笑えないよ」と答えると、「疲れても笑って。笑ってくれないと、不安で仕方ない」と息子は言い募り、言い止めません。

 困ったなー。この話、また何時間も続くんだろうなーと、披露困憊した頭で、私はぼんやり考えていました。本当に本当に疲れ過ぎていて、心から笑うなんて絶対無理だし(作り笑いは拒否されました)。

 「〇〇君だって、実現不可能な事をしろって言われても、できないでしょ。お母さんだって、疲れている時に笑うのは、実現不可能な事なのよ」と言うと、「実現不可能な事って、たとえば何?」と息子は言う。

 「たとえば、梅田(車で20~30分の距離)まで走って行って、走って帰ってくるとか。それを毎日続けるとか。やれって言われても、できないでしょ」と私が言うと、息子は真剣に考えて、うなずいて、「やるよ。僕、やる。やりたくないけど、やる。明日から、毎朝、梅田まで走って行って帰ってくる」と言うんです。それから、不安な顔になり、「途中でお腹痛くなったら、トイレ行ってもそれはいいの?」と聞いてくる。本当に、本気で、走るつもりなのです。それぐらい、私に24時間笑っていて欲しいという事で、私が疲れた顔をしているのが不安で耐えられないのだ、という事が、私はその時やっと分かりました。

 何かが解けた気がして、そこからは早かった。

 「分かった。いい。〇〇君。走らなくていいよ。その代わり、これを頑張って。〇〇君がこれをしてくれたら、お母さんも24時間笑っているから」

 「なに?」

 「お母さんが〇〇君に『ああしたほうがいいよ』とか、『もうそれは止めて』とか、時々注意するけど、そういう時、〇〇君は必ず『そんな事言われたら、すごく傷つくから言わないで、やめて』とか『お母さん、虐待』とか言って、拒否するよね。あれを止めて。お母さんが〇〇君に何か注意した時に、〇〇君が嫌がるのを止めてくれたら、お母さんは24時間笑っていられるわ」

 息子は、「分かった。もう絶対そういう事は言わない」と約束してくれました。

 以前このブログでも書いたように、息子は、私に注意される事をとても嫌がります。だから私は息子に対して、駄目出しや、注意、アドバイスなど、ほとんどできませんでした。どうしても注意せねばならない時は、とても慎重に、言葉に気を付けて、柔らかう柔らかく気を使って言っていました(それでも9割、激しく嫌がられ)。それが私をとても疲弊させていたんです。

 息子に勉強を教えていて何が疲れるって、教えていたらどうしたって、間違った所を注意せねばならず、でも注意すると息子に激しく嫌がられるので、どうやって注意しようか、脳みそを酷使し続けるからです。神経をぎりぎりまで引き延ばして使い続けるからです。だからだんだん笑えなくなってしまうのです。

 でも、今朝からは、そういう気遣いは必要なくなり、普通に(といっても、ソフトな言い方で、息子のプライドが傷つかないように配慮しつつ)、息子に注意できるようになりました。あー、ラクチン。全然無理せず、自然に笑顔でいられます。

 息子も、約束したので、注意されても嫌がりません。これはこれで、一つの成長です。 

 長々と書いてしまいましたが、「息子の不安感がなくなってきた」という事は、こんな感じで、不安感由来のトラブルが、起こる事は起こるのですが、以前よりずっとスムーズに解決でき、解決する過程で、別の問題もどんどん解決され、全体としてどんどん生きやすくなっている、という事なんです。それを私は実感しているんですね。たまたまかもしれませんが、私は、下鴨神社の神様のおかげだと感謝しています。昨日は、そういう事が書きたかったのです。というわけで、補足でした<(_ _)>。

 雨ですが、皆様どうぞ良い一日を。

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