書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

きちんと、でも、ストレスフリーで。

 子供のお弁当を作っていて、いつも思う。こんな手の込んだお弁当を作るのは、世界広しと言えど、日本人だけだろうなあ、と。アメリカなんて、薄い食パン(アメリカの食パンはとても薄い)2枚の間にピーナツバター塗って重ねて、ジップロックに入れて(食パンサイズのジップロックがある)、丸ごとのリンゴと一緒に茶色い紙袋に入れておしまいだ。リンゴじゃない日は、市販のポテチとか、なんならクッキーとか。お弁当を用意するのに包丁もまな板も、ましてやガスレンジなんかも絶対使わないし、手も濡らさない。

 それにひきかえ日本のお弁当は、まず炊き立てのご飯を入れてあげるし。おかずも2~3品は作って入れてあげるし。私は、朝おかずを作るのがしんどいので、前日の夜に作るのだけど、だから夕食時に、その夕食用のおかず2品にプラス、お弁当のおかず2品も作るから、合計4品おかずを作る事になる。2品まではまあ作れるけど、3品からは根性出さないと無理。しんどい、しんどい、面倒くさい~!と思いながら毎日作っている。息子は冷凍食品が苦手なので、作るしかないのだ。

 でも、よく考えてみると、別にアメリカ式にピーナツバター塗った食パン2枚でも良いわけです。わざわざ、ごはん炊いて、から揚げ揚げて、胡麻和え作って、プチトマトやリンゴを彩りに入れて、としなくても。なのに、なぜか、ちまちました「美味しい」お弁当を作ってしまう。しんどい~とか思いながら。なんで?

 まあ、理由の一つは、息子が帰ってきたら必ず「お弁当おいしかった!」と言ってくれるから、が大きい。でも多分、それだけじゃない。日本人のDNAがそうさせるのだと思う。なんでも律儀にきちんとする、丁寧にやる、という日本人気質がそうさせるのだと。

 で。多分世界中の人が誤解していると思うのだけども、日本人はなんでもきちんとする国民だけれども、その事を自然になめらかに何の苦労もなくやっているわけではないですよね。きちんとするのは、日本人だとて、しんどい。ストレス。例えば、こんなに電車が時刻通り走るのは、世界広しと言えど(このフレーズ2回目)日本だけだけども、それを実現するために、電鉄会社の方々には相当なストレスがかかっている。電鉄会社の方々のストレスの上に、「時刻通り電車が走る」ことによる快適性が得られているわけで。

 きちんとしている快適性の裏には、それを支えている人達のストレスが、必ず存在すると私は思う。逆に言えば、きちんとしていないという不快さの裏には、それをすべき人達のストレス回避が隠れているわけで。

 ある程度きちんとする、でも過剰なストレスは回避できる、そんな風にバランスよく生きていきたいけれど、なかなか難しい。極端さというのは、ラクなのだ。考えなくていいから。私にとっては、ほぼほぼ快適に、ほぼほぼストレスフリーに、というのが一番難しい。

 お弁当作りも、前夜からせっせと作る、か。ジップロックに食パン入れて終わりにするか。どちらかを選ぶのがラクなのだ。子供が嫌がっても冷凍食品を詰め合わせる、という選択は、取れない。せっかく作るのに、嫌がられるお弁当なんか作りたくないのだ。どうせ作るなら、おいしく食べて欲しい。となると、ストレスがたまる方向を選ばざるを得ない。

 適度にきちんと、適度にストレスフリーで、そんな風に生きていけたらどんなにいいか。たまに「私そんな風に生きてます!」と言う人がいるけれど、、、いやいや、全然「適度にきちんと」してないし、、。あ、ちょっと他人批判に走りそうなので、ここで終わります。