書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

ブログがセルフカウンセリング

 私だけかもしれませんが、時々他の方のブログを拝読していて、「え?どうしてそうなる?」と激しい違和感を感じる事があります。あれ、不思議だなあとずっと思っていて、今日、謎が解けたのですが。

 ああいうタイプのブログというのは、「セルフカウンセリング」という手法を使って書いておられるのだそうです。ああ、なるほど、そうか。それを聞いて、ものすごく納得しました。

 たとえば。

 「不健康なほど太っている私が、ヨガインストラクターをやってもいいんです」とか、「夫婦関係が破綻している私が、恋愛カウンセラーやってもいいんです」とか、「子供叩いてもいい」とか、「借金返せなくてもいい」とか、、、「え?ダメじゃない?」と思うわけですが、そもそもご本人が「ダメなんじゃないか」と思って不安を抱えているので、自分の不安を払しょくするためにあえて「ダメじゃない。いいんだ!」とブログに書くのだそう。書けば、言葉の力で、無理やりにでも肯定できるからだそうです。

 セルフカウンセリングねえ、、。なるほど。

 でも、自分が肯定できたらそれでいい、ってもんでもない気がするのですが。いずれにしても、現実が追いかけてきますから。その時改めて、深く傷つくんじゃないだろうか。傷ついたらその時また、セルフカウンセリングするんだろうか。現実逃避のセルフカウンセリングを繰り返せば繰り返すほど、深みにはまって抜け出せなくなるんじゃないだろうか。

 早めにシンプルに自省して、仕切り直すほうがいいような。多分、私が感じる違和感も、そこからくる気がします。他人のジャッジが入らないという、セルフの限界ってあると思うんですよね。それでも心の中で静かにやる分にはさして害はないだろうけれど、ブログに書いて全世界にバーンと公開してしまうと、それは既成事実として、根拠もないのに説得力を持ってしまう。

 ブログにはそれだけ、人の心に作用する力があるように思います。嘘を嘘でなくし、間違いを間違いでなくし、無理を無理でなくす。

 確かに、、、。

 不健康なほど太っていてもヨガインストラクターになってはいけない法は、ない。夫婦関係が破綻しているからこそ、失敗を通して分かった事を伝える事ができるのだ、と言えば言える。子供は叩いて育てるものだ、という考え方をする人はまだまだ多いし、借金を返さなくても先方が黙って許してくれるなら、罪に問われる事はない。

 確かに、「それでいいのだ、大丈夫なのだ!」と思おうとしたら、思える。大丈夫だと思えば、自分の心が楽になり、新たな自由を手に入れた気持ちになり、怖いものなど何もない、自分は無敵だ、という気持ちにもなるだろう。だからこそ怖いと私は思う。

 何か心にひっかかる事があって、それが自分の非から生まれている事なので余計しんどい、という時、私なら、それをそのまま書きます。ありのままをそのまま。ありのままを書いて書いて書き連ねているうちに、自然に心が整理され、気持ちが落ち着いてきます。自分の落ち度が見え、今後の対策が分かってきます。それで十分じゃないのかな、と私は思います。不安なら不安のままでチャレンジしようと決める。不安になる必要などない自分は完全無欠なのだ、とすり替えず。

 うまく書けないけども、自分が不適当な事をしている(した)ならそれを認めてから進むべきで、「あれは不適当ではない、自分は大丈夫」と一旦そこをひっくり返さないと動き出せない、というのは、よくないと思うのです。

 不適当ではない、自分は正しい間違っていない、という「状態」でなければ、動けないということでは、いつか必ず、途方に暮れる事になると思います。どんなに頑張っても「自分は大丈夫」と言えない状況に、いつかなるからです。どうやってひっくり返そうとしても絶対に無理、という日がいつか来るから。

 もっともっと初期の段階で、間違いは間違い、不適当は不適当と自分の非を認めて、一切の自己正当化を止めて、不安である困っている辛い、そういう自分の状況を正しく把握して、そこから動きだすのが一番安全だと私は思います。それが一番確か。最終的には何とかなるのですから。絶対に。どんな状況になったとしても、殺されるわけじゃない。命さえあれば何とかなる。だから自分を取り巻く状況を誤魔化さない、すり替えない、という事はとても大事だと思います。

 自分は天才ではない、完全無欠でもない、才能もない、ただの普通(もしかしたら普通以下の)人間である、そこを真正面から見つめる事がとても大事だと思います。私の息子など障害児ですからね。一般的な感覚でいえば普通以下そのものですし、本人も私もそれをハッキリと認めて生きています。時には楽しい日々もあるし、時には苦しい日々もあるし。でも、一生懸命です。だから生きている手ごたえはあります。

 最近、何か同じことを書いている気がします。あくまで私見です。