書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

「遠縁の女」青山文平さん

 青山文平さんの「遠縁の女」を読みました。

 この作者の本を読むのは初めてで(私は、時代小説をあまり読まないのです)、どんなものか、と思いながら読んでみたのですが、いやびっくり、面白い。うまい。すごい。

 手練れた滑らかな文体につられて、すらすらと気持ちよく読み進めるのです。相当複雑な背景も、読者は一切の苦労なくするすると理解できてしまう。非常に観念的で言葉で表現するのが不可能だと思われる心情も、なんなく表してしまう技量に甘やかされながら、気がついたら読み終えていて、読み終わった後、ずしりと重い。

 この本には、表題の「遠縁の女」他二編が収められています。どれも、江戸時代中期後半の弱小武家に生きる人達の話です。「幕府」というのは、今でいうところの「企業組織」のようなもので、そこに勤める武士の心情がメインストーリーではあるけれども、そこに、お家事情、女の人生、過去の歴史、そして少しづつ傾いていく時代のうねりが絡まって、絶妙で独特の世界が広がります。特に、常に帯刀を義務付けられている武士たちなのに、すでに生まれて一度も戦さを経験した事がない世代に交代しているという不自然さ。帯刀はただ重いだけ、腰を痛めるだけの不合理なものとなり果てた時代の割り切れなさに共感しました。

 剣ではなく学問を重用する時代になっている中、それでも「剣」の意味を問うのが「遠縁の女」です。息子に武者修行に出る事を勧める父親が、武芸に秀でる事の利を説きます。(一部抜粋)「今や御国は役方によって回っているのは紛れもない事実だ。だがな、役方とて腰に大小を差している。武家であることには変わりはない。いったん事があれば、御役目を問わず武断の地肌が覗く。それぞれに持ち寄った策が合わなかったとしよう。最後には腕の立つ者の策が通る。それもまた、剣なのだ。いや、それこそが剣と言ってもいい。物言わずとも技量が伝わって、知らずに気圧される。武家だからな。そんな事が三度、五度とつづいてみろ。気づいたときには、相当の開きがついている」説得され、時代遅れの(そして心底激しい)武者修行に出た息子は、5年という時を経て、父の死により再び家へ戻ります。武者修行の場面だけでも読み応えがあるのですがしかし、この小説の肝は帰国後にありました。息子は、自分が武者修行に出された本当の理由を知るのです。最後の息子の呟きが、これまた、いい。抜粋させてもらいます。

「もろもろあるときは、大事なものをひとつだけ大事にして、あとは、いいかげんにやることだ。腹を据えて。私にとって、ひとつだけ大事にしたいものと言えば、信江しかいない。それがたとえ剣や家だけでなく、信江をも失う結果になったとしても、想うことしかできぬ」

 抜粋では伝わらないと思いますが、、、。久々に感動した本でした。