書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

霊格に関する補足:お金について

 霊格が高い低い、という事は、他人との競争ではありません。隣りの人が神仏に近い波動まで上がっていようといまいと、それは自分の波動とは何の関係もありません。

 他人は全く関係がない、というのは、霊格だけじゃないかと、私は思うのです。

 たとえば、お金にしても、流通している絶対量にある一定の限りがあるわけですから、他人が多く持てば、その分、自分の持ち分が減る、という事は当然あるわけです。

 権力や地位にしても、トップの絶対数は決まっているわけですから、他人との取り合いになるわけです。能力にしても、自分がいくら高い能力を持っていても、それよりも他人が高ければ、自分は下になります。他人との比較が行われるわけです。

 でも、「霊格」は他人は関係ないわけです。自分が今どこに位置しているか、それだけです。他人が高みに到達したから、自分の場所がなくなる、という事ではない。早い者勝ちではない。椅子取りゲームでもない。取った取られた、という事ではない。

 また、お金や地位や権力や能力と違って、霊格は、どんなに高くなっても、他人に見せびらかす事はできません。というか、他人に見せびらかしたい、と思った時点で、霊格は低いわけですが、、、。

 霊格の高さは、自分だけが知っていればいいんですね。そして他人の霊格は、自分とは、まったく関係がない、という事を、きっちり分かっている事が大事だと思います。そこを肚から分かってくると、他人に対する嫉妬心がなくなるのだと思います。他人は関係ない、と肚から分かるので。

 霊格が上がる効果については、前回ざっくり書いたのですが、その中に「神仏と近い波動になる事で、神仏と繋がりやすくなる結果、神仏にかわいがってもらいやすい。祈願も叶いやすい」というのがありました。ここをもう少し詳しくいうと、霊格を上げる事によって、現世での望みがわりと実現しやすくなる、という事になります。

 願えばなんでも叶うのか、というと、それは語弊があります。叶えないほうがその人の為になる、叶えないほうがその人はむしろ幸せになる、という事は、叶わないし、生まれる前に計画として決めてきた事は変えられません。でも、それ以外であれば、叶えてもらえるようになります(霊格が上がれば)。

 たとえば、タイトルに「お金について」とつけたので、霊格と金運の関係について書いてみます。

 個人的な私の感覚ですが、波動を上げると病気になりにくい、という傾向があるのと同じで、霊格と金運にも、一つの傾向があるように思います。桜井職子さんの本にあった記述に「そうそう、これ!!」と膝を打ったので、著作権の問題を考えると書いてはいけない気もするのですが、書いてしまいます。

 それは、便器を徹底的に磨けばお金に困らない、という事です。よく聞く話ですが、これは確かだと思います。ポイントは①常にトイレが臭くない②常に便器にウンチがついていない、この2点です。だから、特にウンチをした時は、換気を強制的に行い、喚起力が弱いトイレなら消臭スプレーを使ってでも、臭いを速攻で消す必要があります。便器は常に、常に、ウンチ汚れがついていないように気を付ける。これをもう、神経質過ぎない?レベルで気を付けていると、金運は確実に上がると思います。

 私の実家は、家自体は普通なのですが、トイレだけは異様にいつもきれいでした。きれいというか超清潔。別に花を飾ったり、絵を飾ったり、といった華美なことはしていなくて、ただただ便器が汚れていなくて臭いがない。そして、今までブログにもちょこちょこ書いてきたように、実家はお金あります。 

 私も母の影響で、トイレはきれいにしておく方ですので、お金に困った事がありません。が、桜井さんの本を読んで、さらに徹底して臭いと便器汚れに気を付るようになりました。夫がトイレから出たら(大抵便器を汚していて臭いです)、すぐに換気扇をつけて消臭スプレーして便器を磨く、というのが習慣になりました。私は働いていないので、これ以上お金が増える事はないだろうけれど、、、と思っていたら、先日郵便局員さんが家に来られて、私がまったく知らなかった(忘れていた)定期の存在を知らされました。満期がきたのにほったらかしにしていたので(存在を知らないので当たり前です)「どうします?」と聞きに来てくれたのでした。ちょっと驚きました。たまたま、かもしれませんが。

 信じる信じないは自由なのですが、金運を持っている神様は、何故かトイレに宿っておられるように私は思うのです。普通の神様は神棚のお札に宿っておられるわけなので、金運の神様だけが、とてつもなく特殊なのだと思います。神棚が宿りやすいのは分かるんです。人間の頭の上の高い位置ですし、水やお酒やお塩があって、神様にとっては宿りやすいというか居心地がいいと思うんです。なのに、あえてトイレって。わざわざ寄りによってトイレに宿るって。金運の神様は特殊過ぎる、と思います。

 とはいえ、世の中で一番汚い場所であるトイレに、世の中の全ての力と言っても過言ではない金運の神様があえて宿られる、というのは、どこか筋が通っている気がしないでもないのです。私はそういうのがわりと好きです。金運の神様が好き、というと語弊がありますが、わざわざ神様のような高い身分で(?)、トイレに宿る事を決められた、そのチョイスが私はなんか分かるんです。

 トイレ掃除って、本当に面倒くさいし、汚いから生理的に嫌悪感があるし、自分じゃなく家族(特に男性は便器を汚しがち)が汚したものを、なぜ私がきれいにしなくてはいけないの?と理不尽さに怒りを覚えるわけですが、その気持ちを乗り越えて日々掃除する事は、金運の神様に居心地よく我が家にいて頂く事に繋がるのは当然ですが、それ以上に、そういう気持ちでいる(一番汚いものに注視して生きる)という事が、金運の神様の波動に近づくという事なのではないかと、私は思っています。金運の神様の波動に近づけば当然、金運は上がっていくのだろうと思うのです。