書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

二学期が始まった

 息子の高校も、今週から本格的に二学期が始まった。夏休みも半分以上は夏季講習があったが、午前中だけだったので、まだゆっくりできていた。今日からは、朝7時に家を出て、夕方6時に帰ってくる生活になる。なかなかハードだ。

 先週、担任の先生や保健室の先生方と息子と私で、懇談会というか、お話し合いの時間を持った。私からは、一学期が終わった後、息子が大荒れした事や、薬の服用を医師から勧められた事等から始まって、二学期以降はどのような対応をお願いしたいかを話した。将来計画について聞かないでやって欲しい、ただ登校しているそれだけで頑張っているという事を理解してやってほしい、等、医師から学校の先生方に言うべきだと指示された事は、全て伝えた。クレーマーな親だと思われても仕方ないなあと思いつつ。

 一方、担任の先生は、息子がクラスの誰とも話さない事や、孤立しているように見える事について、心配しているという事を話された。細かく見て下さっている事に感謝した。その場で息子に確認したが、息子は特に、孤立している事をつらがっているわけではないようだ。無理して強がってそう答えているのではなく、本当に、辛くないようだ。「一人ぼっちなのは別に気にならない。嫌われていないのなら別にいい」と。嫌われているから孤立しているのか、話しても面白くないから誰も相手をしてくれないのか、どちらなのかは分からないが、積極的に嫌われているなら息子も居心地の悪さを感じるだろうから、今のところは現状見守りで良いのではないかと私の意見を言った。

 学校では今度、発達障害について学ぶ(ビデオか何かで)時間があるのだそうで、先生はその時に、息子が発達障害だとクラスのみんなに知らせてはどうか、と言って下さった。そうすれば、クラスからの理解を得やすいのではないか、と。

 私は、それは危険だなと感じたので、そのように伝えた。つまり、発達障害児を差別する人というのは一定数まだいるからだ。良識があるであろう先生方に知らせるのは構わないが、不特定多数の人間に、息子が発達障害だと告知するのは、時期尚早だと感じる。世間での発達障害のイメージはまだまだ悪い。「障害者」という事で自動的に「人間以下」扱いされるケースもあるし、たまに犯罪者が実は発達障害だったというようなニュースがあるので、発達障害=犯罪者予備軍と誤解される場合もある。

 発達障害犯罪予備軍なのではなく、適切な支援を受けずに育てられてしまった発達障害児は二次障害として精神疾患を発症するケースが多く、それでも適切な治療が受けられないと精神疾患が悪化し、自分もしくは他人を傷つけてしまう人が出てくる、という事なのだ。

 適切な支援を受けられなかった発達障害児→二次障害として精神疾患を発症→自他を傷つける可能性あり→他人を傷つける人は犯罪者に、自分を傷つける人は自傷者になる、という事だ。つまり、発達障害者=犯罪者予備軍、ではなく、精神疾患=犯罪者予備軍、なのだが、そこをきちんと理解できている人は、案外少ない。

 こういう現状で、先生の口から、息子が発達障害だとハッキリと告知されてしまうのは、あまりにも危険だ。「○○君(息子)って、発達障害ですか?」と生徒から聞かれたら、「そうかもしれないね」ぐらいに、ぼんやり答えるにとどめて欲しい、と頼み、先生も了解された。

 こういう感じで、一学期間に一回は、学校側と懇談会を持つ事を、これからも続けていこうと思っている。私としては、気が重いしとても疲れるのだが。私から話す事は、たいてい、学校側へのお願いばかりで胃が痛むし、学校側から聞かされる事は、心配事ばかりでこれも辛い。息子がクラスで孤立しているのだろうなあ、と漠然と想像しているのと、実際に「孤立していますよ」とハッキリ言われるのとでは、雲泥の差だ。心の逃げ場がなくなる。それでも、現実をしっかり聞いて、逃げずに受け止め、その中でできる事をやっていくしかない。しんどくても。

 この話し合いを持った後、家に帰ったら、息子がとても神経質になり、不安になり、自分の不安を延々話して終わらない、という以前の悪い状態に戻ってしまった。先生との話し合いは、私もしんどかったが、息子もしんどかったのだと思う。あれも不安、これも不安。また、先生の話で理解できなかった事が多々あったようで、あの発言の意味は何?という事を、家に帰ってから私に山のように聞いて来た。話し合いのその場で、言語能力の低い息子に、全ての会話の内容を理解させるのは無理なのだ。こういう事は、担当医との話し合いの後でもよくある。これもしんどい。

 なぜならば、私が通訳者となって、先生方の話の意味を、息子に伝えるわけだが、その話の内容が、息子にとって不本意なものだと、息子は納得しないのだ。先生はそんな事は言っていない、お母さんが勝手に話を変えている、それはお母さんの意見で先生の意見ではない、先生の本当の意見を教えて、と言うのだ。

 息子は、自分にとって、嫌な話を何とかして受け取らずにすむように、そういう理屈を作る癖がある。こうなると、当日の話し合いの内容を息子に教える作業が、永遠に終わらない。私は正しく伝えているのだが、息子は「それは嘘だ」と言うからだ。

 まあ、こんな感じで、先週は結構しんどかった。それでも、延々息子と話し合い、しんどい思いをしながら、一ミリ一ミリ息子の理解を得て、なんとか彼も納得し、落ち着いた。時間はものすごくかかったが。こういう手前味噌なことを書くのもどうかと思うが、私は自分をねぎらってもいいのではないか、と思う。お疲れ様、自分。

  根気よく、また丁寧に息子に対応して下さる先生方には、感謝しかない。私は、誰かに感謝する事を、心の負担に感じるところがある。誰かに感謝する→つまりそれは、誰かが私に対して親切に何かをしてくれた、という事→つまりそれは、誰かに迷惑をかけた、負担をかけた、という事、という風に考えるからだ。だから、感謝する事そのものが、私にはしんどい。誰にも負担はかけずに生きていきたいといつも思っているからだ。それでも、事実として、感謝すべき状況に今あるし、これからも、あるわけだから、盛大に感謝し続けて行こうとこれも心に決めている。

 とにもかくにもで、今週から学校が始まった。息子が安心して心を落ち着けて日々を暮らせる事を切に願う。