書くしかできない

発達障害、神社仏閣、読書記録、日々のつぶやきを主に書いています。

「人生を変えてくれたペンギン」トム・ミッチェル著

 著者は作家ではありません。両親や親族は植民地生まれ植民地育ちで、著者の時代に英国に戻ってきた人です。本にはハッキリした記述はありませんが、かなり階級が上のお家柄のよう。野生動物が好きで、鳥の絵を描くのが趣味だとか。のどかなイギリス・コーンウォールの農村で育ち、今もその農場を経営して暮らしています。

 そんな著者が、大学を卒業した後数年間、南米アルゼンチンの私立学校の教員に赴任しました。広い世界を見てみたくて、イギリスからは対極のような国アルゼンチンへ、単身出かけて行ったのです。この本には、その時の話が書いてあります。その私立学校は寄宿学校で、教員も生徒もみな、寄宿舎で暮らします。

 その私立学校の寄宿舎の、4階が著者の部屋で、その部屋のベランダというか屋上で、著者は一羽のペンギンを飼ったのです。

 ペンギンって、飼えるの?水のない場所でも生きられるの?っていうか、アルゼンチンにペンギンなんているの?様々な疑問が湧いてきます。

 南米の南端の海岸には、結構ペンギンが生息しているそうです。暑い土地のイメージがありますが、冬はとても寒いのだそうです。また、ペンギンは、水がなくても生きられるのだそうです(勿論水の中のほうが、はるかに得手なのですが)。

 著者は、学校の夏季や冬季の休暇中に、南米大陸を旅行してまわっており、その旅の途中、アルゼンチンの隣りの国ウルグアイの海岸で、ペンギンの死骸の群を見つけました。海岸に、石油にまみれた数千羽のペンギンが、打ち上げられていたのです。その光景にひどい苦痛を感じていた著者の目に、一羽のペンギンの姿が入ったのです。石油にまみれてはいたものの、そのペンギンは動いていました。

 著者は、迷わずそのペンギンを助けたのです。嘴で攻撃され、傷だらけになりながら、抱えて宿に連れ帰り、工夫して石油を洗い落としてやり、きれいな海岸に連れて行って、放してやりました。

 が、そのペンギンは、何度放してやっても、著者の側から動きません。どうしても、海に戻って行かないのです。著者が帰ろうとすると、急いでついてくる。弱り切ったペンギンです。洗った事で羽の撥水性を失ってしまい、海に戻れない様子です。たった一羽で放置したら、餌を取れず、餓死してしまうでしょう。敵に襲われてしまうかもしれません。苦渋の末、著者はそのペンギンを、アルゼンチンの自分の寄宿舎まで、連れ帰ろうと決心しました。

 野生のペンギンを連れて、国境を超える作業は、並大抵の面倒くささではありません。読んでいて、よくやったなあ、と思わずにはいられませんでした。そもそも、野生動物は、寄生虫などの関係で、国境を超えて運べないのです。しかも躾けの行き届いているペットではなく、尿も糞も垂れ流し自由に鳴き声をあげる野生のペンギンを、専用のケースなどないので、間に合わせの網の袋に入れて運んだのです。

 どうやって運べたのかは、本書を読んで確認頂ければと思います。なんとかペンギンを生きながらえさせたい、という著者の一念を感じます。

 苦労して寄宿舎まで連れ帰ったペンギンは、ベランダ(というか屋上)で飼われたわけですが、教員や生徒達の心を、癒していく事になります。特に、悩みを抱えた孤独な生徒ほど、このペンギンを可愛がり、餌の魚を買いに行く助けをしたり、ベランダの掃除をしてたり、水をかけて遊んだり、夏季には一緒にプールで泳いだりします。不安定な国情の中で、悩み多い子供達が、一羽の小さいペンギンを通して、生きる楽しさを知っていく記述には引き込まれます。

 その間、著者は何度もアルゼンチンの海岸を歩き、ペンギンを放してやれる場所を探したのですが、なかなかいい場所が見つかりません。見つかっても、現実的に運べる距離ではなかったり。場所はよくても、ペンギンの群れがいなかったり。

 ペンギンというのは、一羽では生きられないのだそうです。だから、ウルグアイの海岸で、著者がペンギンを放してやっても、ペンギンは著者の側から離れなかったのです。最低でももう一羽、同じ種類のペンギンがいないと、著者のペンギンは海へ帰っていくことができないのです。

 著者のペンギンはどうなったのか?結末はぜひ本を手に取って、確認して頂ければと思います。

 不安定な南米アルゼンチンの軍事・経済事情(すさまじいインフレで、物価が日々倍々ゲーム。軍事クーデター頻発)、美しいアンデスの夜空、紫のジャガランタの花の下を歩くかわいいペンギンの姿、汚染された海岸、絶滅の危機にある動物、人々の話をじっと聞くペンギンの琥珀色の瞳。

 印象的な記述に溢れたこの本が、プロの作家の手によるものではない、というのに驚きます。ユーモアがいっぱいで生き生きとしていて、でも確かにどこかしら素朴。読み終わった時に、少しだけ泣いてしまう、でも何とも言えないホっとしたあたたかい気持ちにもなる、そんな本でした。