書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

「クレイジージャーニー」ヨシダナギさんの南米エナウェネ・ナウエ族

 先日の「クレイジージャーニー」(TBS)2時間版で、考えたことがあったので書いておきます。言わずと知れた写真家ヨシダナギさんが、南米奥地の少数民族、エナウェネ・ナウエ族の写真を撮りに行った話です(ナギさんはそこに3泊されてました、、凄い)。

 ナギさんは、まず、エナウェネ・ナウエ族の住む集落に近い川沿いまで、車で行ったのですが、その川で、エナウェネ・ナウエ族の子供達や大人が泳いだり遊んだりしているのに出くわしました。止まったナギさんの車に、みんな寄って来ました。子供達は好奇心旺盛で元気、大人達はニコニコとフレンドリーで協力的。ナギさんが取材させて欲しい旨告げると、即OK、どころか、「この村に滞在している間は、アナタの事を家族と思って大事しますよ」と大歓迎されます。

 でも、驚いた事に、その川にいたのは、全員男性(と男の子)だけ。女性は、川から少し離れた所にある彼等の集落から出ないとの事。ナギさんが行ってみると、その集落は、木か草で出来たドーム型の大きな家が20個ほど、丸く円を描いて建っていました。一つの家に50人が住んでいるとの事。つまり、その集落には1000人ぐらいが一緒に住んでいる。家の近くに畑があって、女性は家と畑にしか行かない。というか、そこから出ないそう。

 とてもフレンドリーでオープンな男性陣と比べ、女性陣はシャイというか、ナギさんが話しかけても答えないどころか、目も合わせない。というか、ナギさんの姿を見つけたら、大慌てで逃げ出してしまうので、近くに寄る事もできない。ナギさんの事をとても怖がっている。敵視すらしている。

 エナウェネ・ナウエ族の男性と女性のこの差はいったい?

 取材をすすめるうちに、男性と女性の生活ぶりに、ハッキリした差がある事が分かりました。

 エナウェネ・ナウエ族の男性は、日がな一日、儀式をしているんですね。早朝から夜まで、様々な儀式があって、儀式ごとに衣装も決まっていて、着替えては儀式をし、着替えては儀式をし、という感じ。儀式の目的は、神への感謝や祈祷などだそうですが、歌ったり踊ったり、ボール競技のような試合をしたり。見ている限り、遊んでいるようにしか見えない。男達はこうやって、一日中、「儀式」という名の彼等にとっては「重要なお仕事」をし、合間に川へ遊びに行き、疲れたら昼寝をし、時には村まで遠出したりしているようです。とても楽しそうでイキイキしていて、親切で明るく、素朴です。

 一方女性は、一日中、実用的な(俗な)仕事をしているのです。寝床(ハンモックなので)や服となる布を織ったり、畑で穀物を育てたり、それを収穫して料理したり、子供を生んだり育てたり。休む暇も、遊ぶ暇もなく、一日中何かしら働いているのです。川にも行かず、村にも出ず、家と畑という狭い世界しか知らず。2日目に、彼女達と同じ格好をする事でやっと打ち解けられたナギさんが、彼女達に「それで幸せですか?」と尋ねたら、忙しく布を織っていた女性が「当たり前じゃない。家族の世話ができるのよ。幸せに決まってるじゃない」と答えていました。

 エナウェネ・ナウエ族では、生きて行くのに必要な「俗な仕事」は全部女性がやり、男性は、高尚な儀式(傍目には遊んでいるようにしか見えない)をやる。高尚な儀式は数が多く、存在理由も複雑で、一つとして欠かせない、と、彼等の社会では考えられている。

 男尊女卑、といえば省略し過ぎかもしれませんが、実質的な、生きて行く上で欠かせない、でもだからこそ単調で伸びのない同じ事のしんどく退屈な繰り返し仕事は、女性が担い、実質的に必要ではないけれども社会的で面白みのある仕事は、男性がやる。

 彼等の文化の中で、印象的なものがありました。初潮を迎えた女の子を巡る風習です。初潮を迎えた女の子は、20日間、家の一つの部屋に閉じ込められるのだそうです。部屋からは一歩も外へ出てはいけない。母親と祈祷師以外との誰とも話してはいけない。そして、21日目に、祈祷師が作った何やら発酵したような液体を頭からかけられて頭を洗い清めたら、外へ出る事を許されるのだそうです。明らかに女性と男性の差である「初潮」を、穢れたもの、清めるべきもの、として扱う事で、女性を、生まれながらにして、男性より一段劣る存在だと決定づけている、そんな風習に感じました。

 アフリカの少数民族でも、男尊女卑の面は多々見られるので、人間が社会性を持つとどうしても、男尊女卑に傾いてしまうのだなあと思います。それは、女性が「産み育てる」という、一種の枷を持たされている(産み育てている期間の女性は、完全な弱者なので)為に、産む必要も育てる必要もない、つまり何の枷も持たずにすんでいる男性とは、社会的な力の差が、うまれてしまうのだと思います。

 ある程度進んだ文明社会では、男女平等が基本理念ですが、それを基本理念として謳わねばならない、という事は、放っておけば、どうしても男尊女卑に傾いてしまうからだと思います。

 以前にも書いたかもしれませんが、治らない難病の多くが、免疫異常からくるのですが、免疫異常を起こすのは女性が男性より遥かに多い。免疫というのは自分以外の他者を攻撃する体の機能ですが、自分の体の中で他者である胎児を育てる女性は、他者ではあっても胎児は攻撃しない、という複雑な免疫機能を持っています。産まない性である男性の免疫機能はもっとシンプルなのです。シンプルなものほど壊れない、複雑なものほど壊れやすい。だから、免疫異常からくる難病は、女性のほうが多いのです。

 「産む性」である女性は、ある意味損な役割だと、言えるかもしれません。文明が進み社会が発達していくのに比例して少子化が進むのは、当然の帰結だと思いました。

  

ナギさんが撮影された、エナウェネ・ナウエ族の男性達です。明るく颯爽としていますね。儀式用の衣装も凝っています。全て手作りで、体や顔へのペイントも凝っています。こういう衣装やペイントをして儀式をこなすのが彼等の日常的なお仕事なんです。一方女性は、みんな同じ赤い腰布姿でした。まるで制服のようにみんな同じで、凝っているどころか、何の工夫も面白みもない姿でした。男性はとてもお洒落、女性はとても地味、、、。画像はネットでお借りしました<(_ _)>。著作権にひっかかると思うので、すぐに削除します。すみません。。ぜひ関西でも写真展開催して頂ければと願います。見に行きたいです。