書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

プラスの言葉かけをすればオールOK。

 前回に引き続き、ある方(仮にAさん)のブログ記事を拝読して、考えた事を書いていきます。前回は歯磨きについて、でした。今回は、「プラスの言葉かけ」について書きます。

 Aさんは、「プラスの言葉を使うことでプラスの状況を引き寄せる」、という今流行りの言霊ブームを信奉しておられます。

 Aさんには4歳のお子さんがおられ、Aさんは、「ママは〇〇君を愛しているよ」「〇〇君、生きててくれてありがとう」という言葉かけを毎日行っておられるそうです。

 その事自体、別に何の問題もないと思います。一般的には、良い事だと考えられているとも思います。でも私は、Aさんのブログ記事から、どうにも不穏なものを感じてしまったのです。

 Aさんは、「子供は、親の言う事を、そのまま真実と受け取る」「だから、プラスの言葉かけさえしておけば、子供は自動的に、その言葉通りに幸せになっていく」と主張されています。

 が、本当にそうなのだろうか、、、と私は疑問に感じるのです。

 人間は、言葉以外の情報も受けとり、モノゴトを感じ判断しているのではないでしょうか。小さい子供であればあるほど、言葉以外の情報のほうを、多く感じて受け取っているのではないでしょうか。

 つまり、こういう事です。

 親が、言葉で「あなたの事が一番大事よ」と言っていたとしても、親の実際の行動が自分を大事にしてくれているものではない場合、子供は、親の言葉と行動との齟齬に、戸惑い、わけのわからない気持ちになるのではないかと私は思います。

 前回も書きましたが、Aさんはご自身の主義として、ご自身のお仕事やご用事を、子育てよりも優先されて生活しておられます。

 例えば、発達障害児であるお子さんは、4歳という年齢もあって偏食が激しく(極端な偏食は幼児期の発達障害の特性)、基本的に白ご飯しか食べられません。園での給食に白ごはんが無い時(パンや麺類、チャーハン、カレー等だった場合)、給食は一切食べられません。つまりお子さんは、お昼ごはん抜きになります。園の給食メニューは最初から分かっているわけですから、白ご飯が無い日は、白ご飯をお弁当箱に詰めて持たせるぐらいの事は、普通の親ならやるわけですが、Aさんはなさいません。「一食ぐらい抜いても死にはしない」から、だそうです。

 確かに、死にはしないでしょうが、みんなが給食を食べている時に、お子さんは一人、何も食べられないのです。かわいそうだとは思わないのかな、と私は不思議に思います。でも、Aさんはお子さんには「ママは〇〇君を愛しているよ」と日々、言い聞かせているわけで。愛しているなら、白ご飯ぐらい持たせてあげるのが自然だと思うのです。

 口で「愛している」と言い、実際には、愛していない行動をとる。この矛盾は、子供を苦しめます。親は「愛している」と言ってくれるから、「有難う」と思わねばならない。でも、実際には愛されている実感がないから、感謝の気持ちは湧いてこない。でも親は「愛している」としつこく言って来る。「有難う」と思わねばならない。でもどうしても思えない。4歳の子供にここまで論理的な思考はできませんが、それでも、親の実際の行動と、上辺の言葉が食い違い続けることは、子供の心にスッキリしないイライラを生じさせることになると思います。

 実際にはプラスとは裏腹な行動をとるのであれば、プラスの言葉かけをする事自体が、子供を戸惑わせ、苦しめからです。「愛している」と言われながら、愛されていない行動をとられ続けたら、子供は「愛」が何なのか、分からなくなります。

 子供に対する言葉かけは、常に、行動と同じでなければいけないと、私は思います。子供に対してマイナスな行動をとりながら(すぐに叱りつける、世話の手を抜く、優しく扱わない、遊んでやらない等)、プラスの言葉かけはしている(大好きよ、愛しているわ、生まれて来てくれて有難う、等)からOK、ではないのです。

 特に幼児に対する場合、言葉と実感はセットでなければなりません。むしろ実感のほうに重点を置くべきなのです。親から愛されている実感があって、そこに「愛しているよ」という言葉がついてきて初めて、子供は「愛」という言葉を実感として感じることができるからです。

 親の行動と言葉が裏腹であれば、子供は心を病んでしまいます。

 前回も書きましたが、Aさんは、子持ち主婦を対象にしたカウンセラーさんで、ご自身の信条である「母親が幸せなら子供も幸せ(常に、子供より自分(母親自身)の気持ちを優先させるべき)」「プラスの言葉を使えばプラスの状況を引き寄せる」等を、強く推奨されています。母親にとってとてもラクなこの考え方に、信じてついていってしまうお母さん達も少なくないでしょう。

 ひとつ思うことがあります。

 Aさんは、上に書いた信条を持たなければ、ご自身の過酷な子育てを乗り切れないのかもしれません。一見、自分勝手過ぎる、自分に甘すぎる、と思える信条ですが、それが正しいと自分に思い込ませなければ、過酷な発達障害児の子育ての日々を、Aさんんは、乗り越えられないのかもしれません。

 その気持ちはよく分かります。また、ブログをそのように利用する事で、過酷な日々を乗り越えられるのなら、それはそれで何の問題もない、と私は思います。書くのは自由、読むのも自由だからです。

 でも、それをプロのカウンセラーとして、他人にまで推奨するのは、どうなのだろう、、。何故、そこまでする必要があるのだろう、、、。他人に推奨することで、自身の信条が正しいというお墨付きを、得るような気持ちになるからかもしれません。多くの人が信奉してくれることで、自身の信条の正しさが、より確固としたもになる気がするからかもしれません。

 クライアント側は「この人は自分の説に自信があるから、他人にも勧めるのだ」と当然思います。が、実際にはAさんは、他人に勧める事で自信を得ようとしている(のかもしれない)。

 Aさんの上記のような信条は、Aさん自身が考え出したものではなく、過去に他人(別のカウンセラーさん)から教えられた信条なのです。Aさんはそれを受けとり、自分の気持ちをラクにする考え方だという理由で信じることに決め、更に他人にも勧める事に決められた。Aさんは、そのカウンセラーさんが自信を持ってその信条を自分に教えてこられたのだと思っている。でも実際のところ、そのカウンセラーさんに、自信などなかったかもしれません。Aさんに教える事で、Aさんから信奉してもらう事で、そのカウンセラーさんも自信を得ようとしただけかもしれません。今現在Aさんが、自分のクライアントさんに対してやっているように。

 上記のような信条や、それを教える教えられるという自己啓発の世界は、大人にとって都合がよいので(子供にとって良いことかどうかはそっちのけで)、大人の世界だけでグルグル回り、機能しているのだと私は感じます。

 この齟齬。この食い違いが、後になって子供達に様々なツケとして表れてきてしまうと思います。病的に歯医者を苦手とする発達障害児が、歯医者通いをせねばならない状況になる、とか。過敏で繊細過ぎる精神を持った発達障害児が、心を病んでしまうことになる、とか。これは「不幸の連鎖」の一つの典型的な形なのではないか、と私は思います。

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 念の為にお断りしておきたいのは(こういうのを蛇足というのでしょうが)、私は発達障害児に「出来ないこと」を、無理やりやらせるべきだとは、全く思っていません。むしろ、やらせてはいけない、と思っています。無理強いする事は、発達障害児に対しては、百害あって一利無し、だからです。

 ブログ記事によればAさんのお子様は、歯磨きをさせられない、白ごはん以外食べない、お風呂に入らない(一週間に一回しか入らないそうです)等々の、出来ない事があるそうです。私は基本的に、無理やり歯磨きさせたり、白ごはん以外のものを口に突っ込んだり、無理やりお風呂に引きずり込んだり、という事は、してはいけないと思っています。基本的には、いつかできるようになる、という方向性を睨みつつ、現時点では現状維持で見守る、というのが正しい対処方法だと思っていますし、私自身もそうやって育ててきて、うまくいきました。例えば息子の激しい偏食もいつの間にか直って今は何でも食べます。

 ですが、この「現状維持のまま見守る」のは、それができなくても、取り返しのつかない事態にはならない、というケースに限られます。逆に言えば、それをさせなければ取り返しがつかない事態になってしまう、という場合には、無理やりにでもさせなくてはいけないと、私は思います。

 お風呂に入らなくても、死にはしませんし、不潔さから皮膚炎になったとしても、たいていは塗り薬で治ります。少なくとも皮膚炎になってから、入浴を強制しても十分に取り返しはつきます。皮膚は何度でも再生可能だからです。お風呂に入らない事は、現状維持でOKと思います。

 でも、歯磨きしないとほぼ虫歯になりますし、永久歯の場合、再生不可能です。虫歯が進行すれば歯を失い二度と生えてきません。だから、歯磨きしない事に対しては、現状維持で見守る、という対処は不適切で、強制的にでも磨かねばなりません。

 基本的に、出来ない事は強制せず見守る、というのが正しい対処方法ではありますが、取り返しのつかない事態を招く危険がある事象に関しては例外で、無理やりにでもさせるべき発達障害児の親は、そこの見極めをシビアにやらねばならないと、私は思っています。Aさんの推奨されるように、何でもかんでも現状維持の放置でOK、良い言葉かけをしておきさえすれば必ず良くなるから、というのは危険過ぎると感じます。

 上から目線の意見で(しかも超長文で)申し訳ありませんでした。私にはAさんに何かを言っていく意思も権利もなく、できる事はただこうやって自分のブログに自分の思いを書くだけなので、ご容赦頂ければと思います。