書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

息子が納得した。

 先日来、息子には2つの試練が課されています。彼にはずっと続いていた2つの悪癖があり、それをやめるという試練が課されているのです。

 1つは、「自分が不安だから」という得手勝手な理由で、他人にからみつかない(他人に筋の通らない「いちゃもん言い」を延々ぶつけない)。

 2つ目は、他人の返答や態度が気に入らないからといって、暴力をふるわない。

 この2つ、息子はずっと、私にだけやってきていましたが、暴力といっても彼なりに加減したじゃれつくようなものだったし、「いちゃもん言い」も彼なりにやむにやまれぬ欲求からやっている事はよく分かってたので、私は許して受容してきました。が、その時間がだんだんのびている事や、私以外の人にもやりたい欲求が本人に生まれてきた事に危機感を感じ、担当医に相談したところ。

 そういう悪癖は受容すればするほど、際限なくエスカレートしていくので、やめさせないといけない、という事を指示されました。エスカレートすれば身内相手だけに留まらず、公けの場で、赤の他人に対しても、際限なくやっていまうようになってしまうし、そこまでいってしまうと、本人の意思でやめる事が困難になるので、身内ですんでいる今のうちに、きちっとやめさせないといけない、と。

 やめる為には、「同じ話は一回だけ」パターンを与え、それを守る事のしんどさを和らげる為に薬も併用してしてサポートしていく、というカタチを今、トライ中です。

 今のところ、息子は上記の悪癖を、きっぱりやめています。

 が、それは本人には、とてもしんどい事のようです。今までやっていた事をやめるという「パターンの変化」がしんどいのと、そもそもの欲求を抑えるのがしんどいのとありますが、それ以外の大きな理由として、

 本当に上記の2つの悪癖は、「やってはいけない事」だという事を、本人が腹の底からは納得できていない、という問題がありました。

 常人には理解できないことですが、彼は、何千回ことを分けて説明しても、上記二つの悪癖が、「やってはいけない事」だとは思えないのだそうです。表面的な言葉として、「やってはいけない」と自分に言い聞かせて行動を抑制しているだけのことで、腹の底では「でも、それ本当? 本当はやってもいいんじゃないの? お母さんも先生も間違っているんじゃないの? 僕のほうが正しいんじゃないの?」と思っているんですね。だから余計に、上記二つの悪癖を抑制する事が、彼にはとてつもなく難しいわけです。私には、どうやったら息子を納得させられるのか分からず、私自身も苦しんでいました。人としての感情があるなら言わなくても分かる筈の当たり前の事を、あえて事をわけて丁寧に説明し、それでもわかってもらえない絶望に、苦しんでいました。

 私はとてもシンプルな質問を息子にしました。「あなたは、自分がやりたい事なら、人が苦しもうが傷つこうが構わない、やっても良いのだと、本当に思っているの?」と。息子は、「うん」と答えました。「僕が本当にどうしてもやらずにはいられない事で、我慢するのがどうしてもできない死ぬほどやりたい事なら、やってもいいと思う。周りの人は僕の事を多目に見てくれてもいいと思う。だって僕はこんなに苦しんでいるんだから」と。

 その答えを聞いて、私はもう、息子は人間じゃないんだ、と思おうとすら思いました。この子には、人としての感情がないのだ、この子は人間じゃない、哺乳類ですらない、虫だ、昆虫だ。この子の脳はカマキリの脳と同じなのだ、そう思う事でなんとかして割り切れない思いを割り切り、生活していました。私は虫を産んでしまったのだ、という苦しみに私は絶望し、この子が他人に迷惑をかけるようになってしまったら、その前に責任をとって、この子を殺し、私も死なねばならないのだなと、覚悟を決めました。

 すみません。重いことを書いて。

 そんな日々を過ごしていた今朝のこと。

 たまたまつけていたテレビが、あるワイドショー番組をやっていました。朝のその時間テレビをつけている事自体が我が家では稀だし、カッコつけるわけではないのですが、ワイドショー自体普段は全く見ません。なので、本当に何故その番組を今朝見たのか、不思議な偶然だったのですが。

 その番組では、飛行機の国内線機内でトラブルがあった事を、報じていました。一人の男性客が、着陸体勢をとった時に揺れた事で不安になり、「揺れたから俺は怖かった、どうしてくれる」と立ち上がって、客室乗務員に文句を言いに行ったのです。飛行機はまだ着陸しておらず、その状況で立ち上がるのは危険ですから、当然その乗務員は、「危ないのでお座り下さい」と言いました。するとその男性は、自分の思いを受け止めてもらえなかったどころか、気に入らない指示をされた事に腹を立て、その客室乗務員に暴力をふるいました。それを見た周囲の男性客数人が、彼を抑えた為、彼は大声をあげて抵抗し続けました。結果、彼は結束テープで手足を縛られ、着陸と同時に機内に入ってきた警官5人によって、警察に連れて行かれました。

 この一部始終を、たまたまその機内にいたリポーターが、撮影していて、テレビの映像に全てが流れました(男性客の顔だけはぼかされていました)。

 息子はその番組を、始めから最後まで、食い入るように見ました。そしてその男性の行動が、自分の行動と全く同じであることを認識しました。今、自分が、この悪癖を直さないと、将来、この男性のようになってしまう。警察に逮捕されてしまう。という事が、目で見てハッキリ分かったのです。

 自分が不安だという得手勝手な理由で、他人にしつこくからむ事。自分の期待する返答を返してくれないという理由で、相手に暴力をふるう事。やむにやまれぬ衝動からこの2つをその男性はやってしまったのだという事は、映像から明らかに分かりました。そしてその男性は、周囲に取り押さえられ縛られて拘束され警察に連れて行かれました。

 その場面を、ドラマでもなく劇でもない現実のその場面を、息子はハッキリと見ました。

 「お母さんも先生も正しかった。自分が間違っていた。僕の悪癖は、やってはいけない事だったのだ」と、一瞬で息子は理解しました。

 今まで私が散々説明しても、腹の底からは納得できなかったことが、テレビ番組を見ただけで、一度で理解できてしまったのです。見えるものしか分からない。見えないものは分からない。これが発達障害児の一番大きな特徴だと、分かってはいましたが、やはりそうなのか、と改めて思い知りました。

 何でもかんでもそうではありませんが、一度何かを強く思い込んでしまった発達障害児に、その考えが間違いだと理解させる為には、言葉という手段は通用しないのです。彼等は、言葉で聞いても理解できない。絵やお話でも理解できない。なぜならそれらは、「見えないから」「事実ではないから」。でも、事実現実を実際に自分の目で見たら、発達障害児は一瞬で理解できる。驚くほど素直に、まっすぐに。

 息子が悪いのではなく、私の教え方が間違っていたのです。

 息子は言いました。

 「この番組、見れて良かった。見れなかったら、僕は僕の癖が本当に悪い事だとは分からなかった。きっと、おじいちゃん達が見せてくれたんだ」と。

 息子の祖父達は二人とも、すでに亡くなっていますが、生前はとても息子の事を、かわいがってくれていて、我が家にも写真を飾ってあるので、息子は日々手を合わせています。私も、亡くなった父や義父が、守ってくれたような気がします。

 もうすぐお盆です。お供え物をして、御礼を言いたいと思います。

 そして、彼のことを、昆虫だと思ってしまった事を、心の中で息子に謝りました。せっぱつまった私は、普段の彼の我慢強さ忍耐強さ温和さ寛容さを全てきれいさっぱり忘れ去り、ただ「悪癖を直せない」それだけしか見ず、彼をジャッジしてしまっていました。何度も何度も、頭を打ち、自らを見直さねば、生きてはいけないものですね。こんなていたらくは私だけでしょうが、、。