書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

子供の大荒れ。

 先日、子供が大荒れした。近年まれに見る荒れ方で、私一人では受け止め切れず、夫に助けを求めたほどだ。夫はすでに寝ていたのだが、寝室に飛び込んで夫を起こした。夫に助けを求めた事は、過去に一度もない。それだけ子供の荒れ方が尋常じゃなかったという事。今日はその顛末と、その後を書き残しておこうと思う。

 高校の一学期がほぼ終わり、息子もふっと肩の力の抜けた時期だった。それまで彼なりにわき目もふらず勉強してきて、気が張り詰めていたのだと思う。もともと生徒に過剰にハッパをかけるタイプの担任の先生との懇談会で、今後の進路を聞かれたりしたのを、息子が必要以上に気にし出した。また、学期末に受けた模試の手ごたえが悪かったのだが、その結果は9月にならないと分からない、という状態も息子には相当ストレスになっていた。何が直接の原因なのかは不明だが、張り切ったゴムがギリギリまで伸びて、限界を超えて弾けたような事だったのだと思う。

 息子が夜、私の部屋に来て、いつものようにアレコレ質問してきた。息子の質問クセは年中行事で、特に寝る前は落ち着かないらしく、何かと口実を設けては私の部屋に来て、ついでのように私に質問してくるのだが、普通なら10分20分で終わるところが、ここのところ一週間前ぐらいから徐々にその時間が伸び出した。30分、1時間、1時間半、、、。とうとう先日は、2時間を超えそうになった。私は疲れていて寝たかったが、息子の質問が続く間は寝られない。

 質問の内容は、毎回同じで、息子の将来についての不安や、自分が言いたい事を我慢する事が出来ないのだがどうしたら我慢できるようになるのか、やりたくない事をやるのが辛いがどうしたらいいのか、というような事だ。

 息子が言いたい事、というのは、他人が聞いても理解できないような自分勝手な話の事だ。他人がまったく理解できない話でも、自分にとって面白い話なら、延々言いたいのだそうだ。それをしたくてしたくてたまらなくて、我慢できないのだが、どうやったら我慢できるのか、私に教えてくれ、と質問してくるのだ。

 やりたくない事というのは、たとえば学校に行く事だ。学校を休む事については、私はかなり寛大なほうで、苦手な行事の日などは休めばいいと普通に許しているのだが、息子の場合は、そういう特別な日でなくても、休みたい時に自由に休みたい、と言う。私もそうさせてやりたいのはやまやまだが、出席にうるさい学校なので、なかなか息子の希望通りにはさせてやれない事情がある。

 我慢するというのは、本当にしんどい事だよね、毎日頑張っててえらいね、立派だね、と誉めてねぎらって、更に事を分けて、でもダメな事は駄目だし、こういう事情だから不可能なんだよ、と説明するのだが、説明が一通り終わったら、また最初の質問に戻る、という感じで、息子からの質問はエンドレスで続く。終わりがない。

 今まではそれでも、何時間も息子の質問の相手をしてやっていれば、いつかは息子も疲れて終わったのだが、先日はそうはいかなかった。

 2時間くらい息子の質問の相手をしていたところ、私が眠くて言葉が雑になっていたのだと思う。早く寝かせて欲しいが故に、なんとか息子を説得したくて、言い方もきつくなっていたのだと思う。息子は、私の言い方が気に入らない、と、私を殴り出したのだ。書いていて辛い。息子に殴られる事は今までにもあったが、幼児が駄々をこねる感じのかわいらしい殴り方だったので、私も危機感は感じていなかった。だが先日のは、そういうのではなく、手加減なくガンガン殴ってきたのだ。息子自身が力のセーブが出来ていない感じだった。自暴自棄になっている。

 私はすぐに「これは危ない」と身の危険を感じ、自室を出て夫の寝室に向かい、寝ている夫を起こして私と息子の間に楯となって入ってもらった。息子は夫には殴りにいかず、夫を超えて私を殴ろうとしてきたが、夫のほうが体も大きく鍛えているので、息子は夫に組み伏せられた。

 それから三人でリビングに移り、息子を落ち着かせながら話しをした。何がここまで息子を追い詰めてしまったのか。原因は何なのか。息子に聞いても答えられるわけがないので、思い当たることを1つひとつ聞いていきながら、息子が何にストレスを感じているのかを探った。話しながらもずっと息子は泣いていたし、時々またぐっとパニックのような状態になって、「お母さんが悪い。お母さんが虐待してくる」と言って私を殴ろうとしたりもした(夫が止めた)。

 夫が「お母さんのどこが悪いの」と聞くと、「お母さんは、僕が傷つくような事を言うから悪い。殴ればもう言わないと思う」と言う。つまり、息子が望む答えを私がしないから、息子は傷つく。だから私が悪い、虐待だ、と主張しているのだ。学校を休みたくなったら、別に病気じゃなくても用事がなくても、自由に休んでいいよ、と私が言わないから、私が悪い、虐待だ、と言うわけだ。

 めちゃくちゃな論理なのだが、それがめちゃくちゃだという事が、息子には通じない。何故通じないのか理解できないのだが、通じないものは通じない。

 息子は、やりたい事は全部100%やりたい、やりたくない事は全部100%やりたくない、と極端な事を言い張り、それを許してくれない私が悪い、虐待だ、と言って聞かない。ワーワー泣きながら、隙あらば私を殴ろうとする。

 夫も私もほとほと困り果てたが、それで諦めるわけにはいかない。この子は私達の子供なのだ。なんとかしてやらなければいけない。苦しんでいるこの状態で、見捨てるわけにはいかないのだ。

 普段の息子はここまで分からず屋ではない。ストレスが極限まで達した為に、パニックに陥ってしまって、脳が変な回転に入ってしまっているのだ。なんとかしてやらねばならない。

 パニックになっている息子を相手に、何時間話をしただろうか。途中疲れた夫はうとうとしたりもしたが、それでもその場から外れる事はなく、粘った。

 そうやって何時間も息子の相手をしているうちに、少し見えてきたものがあった。息子のストレスの原因は、「担任の先生からの、もっともっと勉強しなければいけないぞ、という過剰な声掛けによるプレッシャー」と、「大学進学やその後の就職についての不安」なのだな、と分かってきたのだ。

 担任の先生は、毎日のように「もっと頑張れ」「もっと頑張れ」と言うのだそうだ。また、「頑張らないと大変な事になるぞ」と脅しのような言葉も口癖のように言うのだそうだ。普通の生徒にはどうって事のないこれらの言葉も、何でも文字通り受け取ってしまう発達障害児である息子には、過度のプレッシャーになってしまう。毎日必死に頑張っているのに、もっと頑張らねばならないのか。頑張らないと、将来、大変な事になってしまうのか。でも、これ以上、どう頑張ったらいいのか分からない、辛い。先生の言葉を聞くのが辛い、しんどい。学校に行きたくない。休みたい。

 息子が、何でもない日でも学校を休みたくなるのは、先生の過剰な声掛けを聴きたくないからだ、という事が、やっと分かってきた。私は息子に言った。

「先生の声掛けは、あなたに言っているのではないよ。あなた以外のクラス全員に言っているのだよ。先生は、あなたがもうすでに十分頑張っている事を知っているよ。だから、先生が、プレッシャーになるような事を言う時は、あなたに言っているのではない、と理解してあげないといけないよ。先生はわざわざ「〇〇君(息子)以外のみんなに言う」みたいな言い方はしないけれど、でも実際はそうなんだよ。先生は、あなた以外のみんなに言っているのであって、あなたに言っているのではないよ。あなたはもう、今以上に頑張る必要はないんだよ。今で充分だし、なんなら、もっと手を抜いてのんびりやっていいんだよ。あなたは充分がんばっている事は、みんな分かっているよ。あなたの成績は、評定でオール5でしょう。オール5の生徒に、誰が『もっと頑張れ』って言うの?言うわけないでしょう。オール5以上の上は無いんだよ」と。

 私のこの言葉に、息子は納得したようだった。だんだんとパニックから落ち着いてきた。

「僕はこれ以上、頑張る必要はないの?」

と聞くので、

「まったく、無いよ。今でも十分だし、なんならもっとのんびりしていいんだよ」

と私や夫が声を揃えて言い、息子はほっとしたようで、だんだん落ち着いてきた。

 もう一つの見えてきた要因「将来についての不安」については、私はこのように説明した。

「将来について不安になった時は、今日一日を丁寧に過ごせばそれでいいんだよ。今日一日を丁寧に過ごした結果が、明日に繋がって、明日を丁寧に過ごした結果が、あさってに繋がって、それが将来に繋がっていくんだよ」と。

 それから、うちはわりと神仏に対して信心を持っているほうなので、

「心根を正しくしていれば、必ず神様は守って下さるし、仏様も見守って下さるから、心配しなくても大丈夫だよ。自分が『これはいい事だ』と思うことをやり、『これは悪い事だ』と思う事はやらない。それだけでいいんだよ。そうすれば、神仏は必ず守って下さるから、将来、不安なことにはならないよ」と。

 息子は多少納得したようだったが、「いい事」と「悪い事」がよく分からないようだった。息子の中では、自分がしたい事が「いい事」で、自分がしたくない事が「悪い事」のような、そんな振り分けがされているようだった。

 夫が「お母さんを殴るのは、いい事?」と聞いたら、息子は最初「いい事」と答えた。「どうして?」と聞いたら、「殴ればもうお母さんは、僕を傷つける事を言わなくなるから」と。私は息子を叩いて育てた記憶はなく、というか、多分幼い頃から一度も叩いた事などないので、どうしてそういう考えが頭に入ったのか不明なのだが、息子はそう思っているようだった。

 夫が「傷つけられたら、相手を殴ってもいいの」と聞いたら、息子は「いい」と答えた。夫は、「じゃあ、お父さんが、お前に起こされて傷ついたから、お前を殴ってもいいか」と聞いたら、息子は「悪い」と答えた。そこで初めて、どんな理由であろうと、殴るのは悪い事だ、ということが、息子の頭にストンと入ったようだった。

 息子は「僕はもう、お母さんを殴らない。なぜなら、殴るのは悪い事だから。悪い事をしたら、神様が守ってくれないから。神様が守ってくれないと、将来が不安だから」自分なりに整理していた。

 そのあたりから、息子は落ち着き始めた。私は更に言った。

「あなたが毎晩、寝る前にお母さんの部屋に来て、長々と質問してくるの、お母さんは寝れなくて困るんだけど、やめてくれない?」と頼んでみたのだ。「お母さん、困るのよ」と。

 息子は少し考えて、「分かった、もう行かない」と答えた。

 それから、私達は寝た。

 翌日、さすがに息子は終日、暗く、調子が出ないようだった。暗い息子など、見た事がない(いつも穏やかで明るい子なので)。我が家は火が消えたようになってしまった。息子がいつものように笑っていてくれないだけで、こんなに家の中が暗くなってしまうのか、と改めて気が付いた。私達夫婦は、息子の笑顔に、いつもずっと癒されて励  まされて生きていたのだ、という事に改めて気づいた。

 なんとか息子に、いつものように元気になってほしくて、私も夫も家にいて、できるだけ息子と話すように心がけた。夕方くらいから、息子もだんだんいつもの調子を取り戻し、ニコニコとした笑顔が出始めた。食欲も戻って、夜もちゃんと眠れるようになった。

 これを書いている今はもう、いつもの明るい息子に戻ってくれている。私は心底、ホッとしている。

 息子はもう、夜、私の部屋に来て、私を質問攻めにする事はなくなった。冗談でも私をこずく、という事すらなくなった。

 今日、息子が私の横を、サッカーボールを蹴る真似をして通過しようとしたのだが、その時、「あ、これは、お母さんを蹴ってるんじゃないからね」と大慌てで言って私から離れた。そして、隣りの部屋まで行ってから、安心して一人エアサッカーを再開していた。

 極端なのだ。それが息子だ。

 息子は一度決めた事(自分とした約束)は、誰が見ていようがいまいが絶対に守るので、彼はもう一生、私にも、私以外の誰に対しても、暴力をふるう事はないと思う。一度「しない」と決めたら、絶対にしない、それが彼なのだ。中途半端になあなあには出来ない。そういう心の極端さがある。その頑なさがまた、彼を追い詰めるし、生きづらさにも繋がるのだが、それが彼の障害特性なのだ。

 今回のことで、息子は、健常者である私達が、想像もできない事に対して、思いがけず多くのストレスを抱えてしまう、という事が改めてよく分かった。 できるだけそのストレスを軽減し、気持ちを受け止め、一緒に乗り越えていきたいと思う。都度諦めず、丁寧に対応していきたい。