書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

女性と結婚と精子と卵子

anond.hatelabo.jp

 はてなブックマークにこんな記事があって、なるほどなあと共感した。

 確かに、仕事があり、子供が欲しくなければ、女性が結婚する必要はないと私も思う。何故私が結婚したのか、改めて考えるに、よく分からない。結婚しない理由がなかったからだろう。この記事に書いてあるように、私は「ラクな専業主婦」になりたかったので結婚したのだ、多分。仕事はないが、実家に財産があるので、経済的理由で離婚できなくなる不安もない。子供がどうしても欲しい、というほどでもなかったが、どうしても欲しくない、という感じでもなかった。だから結婚したのだけれど、別にしなくても良かったなあと今更ながらに思う。ラクな専業主婦ではあるが、結婚せず子供も持たずに実家にい続け、財産を食いつぶしながら、暇つぶし程度に働いて生きていたほうが、苦労知らずに生きられただろう。

 結婚したくないという女性が増えても、それはそうだろう、と納得する。基本的に、ラブラブな最初の3年間を過ぎれば、男性が近くにいる事は、女性にとってあまり居心地のよい状況ではないし(人によりますが)。わりと多くの男性にとっては、女性が近くにいる事は、わりと心地良いのだろうけれども。いろいろ世話を焼いてもらえるし、そもそも女性は男性より小ぎれいだし(一般論ですが)。

 ただ、このエントリーで、子供を産むのは親のエゴ、というような記述があって、ちょっとだけ違和感だった。違和感というほど強い感情ではないが、そこまで言い切るのはどうなのかなあ、という漠然とした割り切れなさ、というか。

 この方は、「子供が産んでくれと頼んだわけじゃない。親が勝手に産んだんだ」という理屈で、「親のエゴだ」と主張されているのだけれど。

 エゴ=利己的な気持ち

 そうなのか。子供を作るという事は、利己的な気持ちから発生しているのか。利己的な気持ちというのは、つまり、「自分さえよければ、他人が困ろうがどうなろうが関係ない」と考える事だ。「自分さえよければそれでいい」という気持ちから、人は子供を産むのだろうか。

 この場合の「他人」には、子供自身も含まれる。つまり、「子供自身は産まれたくないかもしれないが、そんな事は関係ない。私が産みたいから産むんだ。生まれた後で子供が困ろうがどうなろうが知ったこっちゃない」そんな気持ちで出産する母親がいるとはちょっと思えないのだが。

 そもそも、「子供が産んでくれと頼んだわけじゃない」という主張自体、私はあまり頷けない所があるのだ。自分の事として考えた時、私はもともとは、精子卵子だった。精子卵子だった時の私には、一切意識はなかったが、それでも「産まれたい」とう強い意志があり、だから私は受精卵に育ち、胎児に育ち、母胎から出たのだ。その時の記憶がないとしても、生き物として「産まれたい」という意志があったことは否めない。生まれたくないのなら、受精卵になるはずがない。母親が私を産んだのかもしれないが、そもそも受精卵になったのは私自身なのだ。精子卵子だった私自身の選択なのだ。

 親は確かに、妊娠する事を選択したわけだが、この私になる精子卵子を、親が選んで受精させたわけではない。「産んでくれと頼んだわけじゃない」と私から言われたら、「いや、私だって、アナタを産もうと思ったわけじゃない。どの精子卵子を受精させようかと、私が選んだわけじゃない」と、厳密に言えば、親は答える事ができるだろう。精子だった私は、生まれたいが為に誰よりも早く泳ぎ、卵子だった私は、生まれたいが為に卵巣から飛び出したのだ。その時点での私に脳はなく、私が選択したという記憶はないけれども、生き物としての私が、「産まれたい」と選択した結果が、今の私なのだと思う。

 とはいえ。

 女性が結婚する意味がない、という意見には、おおむね賛成する。結婚も子育ても大変だから。女性がどんどん賢くなって、損な生き方を避ける事は、良い事だと思う。それで少子化が進もうが、社会体制が崩れようが、仕方ないのではないかと思う。無理は続かない。女性が結婚する意味がない、と女性自身が考えるなら、無理やり結婚させる事はできない。