書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

自慢、手前味噌、ドヤ顔

 子育てについて立て続けに記事を書いていて、ふと思ったけれども、これは私自身の子育て自慢なのではないだろうか。というか、そう受け取る方も多いのではないだろうか。

 子供が幸せな人生を送れる事を、親の手腕や努力の成果だとみなすのには、抵抗がある。親も頑張ったかもしれないけれども、子供自身がもっとはるかに頑張ったと思うからだ。

 なのに、私が書いた記事では、私だけが頑張ったかのように表現されているのではないかと、我ながらイヤな気分になった。今更だが、私は、子育てについてこういう風に考えている、という事が書きたかったのであって、私の子育て自慢がしたかったわけではないのだ。誰が頑張ったのか、頑張っているのか、といえば、それは当然子供なのだ。私ではなく。そこがうまく表現できない。歯がゆい。

 そういえば、以前、子供がまだ小さかった頃、トイレトレーニング(オムツ外し)が2週間で完成した、というお母さんがいた。「私って、何をやらせても、うまく出来てしまう人なのよね」と自慢されておられて辟易した。有能なのは、お母さんではなく、お子さんのほうではないのか、と思った。とても利発なお嬢さんだったので。

 私の記事を読んでも、息子の子育てが、発達障害児にも関わらず大きな困難もなく順調にいっている事は、私の成果だと私は書いてしまっているかもしれない。それは違うという事を、きちんと自分自身に再認識させておかねば、と思った。発達障害児ではあるが、生まれつき息子のポテンシャルは高いのだと思う。素直に頑張れる子だからこそ、うまく進んでいっているのだと思う。

 自慢、手前味噌、ドヤ顔。人生においては、すべてが赤信号だと思う。以前の記事にも書いたが、魔がさす時というのは、何かをうまく仕上げてホッとした時なのだ。「やったー、私ってすごい。私ってさすが」と思って悦にいった直後、その油断の隙をつくように、魔が差したような事件が起こるものだ。

 そういえば、ここ数日、私も小さなポカをやらかしている。お墓参りに行こうと車を出して、高速に乗ってから、お墓参り道具一式(お線香やら何やらが入ったかばん)を忘れて来た事に気付いたり。子供の定期を休日用のお財布に入れていたのを、子供に注意し忘れていたり。大事には至っていないが、小さなミスをそこそこ起こしている。気を付けないと。