書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

道途中⑥(親だって人間、なのか)

 私は、子供の人生と私の人生とをごっちゃにしているわけではないが、子供の人生の責任は私にある、と考えている。だから、子供と接する時に、「対等」という意識はない。私のほうに責任がある以上、私のほうがより深く考え、耐え、先を読んだ言動をおこなうべきだと思っている。なので私は、子供と対等に喧嘩する事はないし、感情で叱りつけたり、無視したり、放置したりもしない。子供の事は私の責任だと思っているからだ。

 前回書いた話の①になるが、私と意見の異なるその方は、子供は子供、私は私、とキッパリ分けて考える方だった。なので、その方の人生を子供が邪魔することになると、とても怒るし、感情で叱るし、子供と同じレベルで喧嘩すると言う。「だって親だって人間だから」と仰る。

 親だって人間だから、、という言い方は、本当に良く聞く。確かにそうだ。親だって人間だから、何もかも完璧にできるわけではない。当然、できない事もある。でも、それと、子供を感情的に叱る事や、子供と同じレベルにまで落ちて喧嘩する事は、別の話だと私は思う。それは、人間云々ではなく、自制心の有り無しだと思う。

 親だって人間だから、できない事はあっていい、と思う。子供にしてやるべきなのに、してやれない事がある時、私は子供に謝る。「お母さん、本当に疲れてしまって、もうこれ以上あなたの話は聞けないわ。ちょっと休ませて。ごめんね」とか。出来なくて当然、と開き直るのではなく、出来なくてごめん、と子供に頭を下げる。そうすれば、子供の心は納得する。

 大事なのは、どこまでいっても、子供の心だと私は思っている。子供の心を守る事。その為には私のメンツやプライドなど、どうでもいい。仮に私が子供と喧嘩し、子供を言い負かしていい気分になったとしたら、その分、子供は嫌な気分になっている。言い負かされた子供が、正しく反省などできるわけがない。ただただ暗い不満心を、私に対して募らせるだけだと思う。子供の心を荒ませてまで、私がメンツを保っても何の意味もない。

 親だって人間だ。だからこそ、出来ない時は子供に謝っていい。謝る事を避ける必要はない。謝ったから子供から軽んじられるとか、馬鹿にされる、等という事は我が家の場合は全くない。むしろ、私が一歩ひいて謝り、「お母さんが悪かった」と言えば、子供はスッと冷静になる。こちらの声を聞ける精神状態に一気に戻る。親は人間だからこそ、いつも子供に勝たねばならない謂れはない。人間だからこそ、負けていい。