書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

道途中①(勉強と友人)

 息子がいる。発達障害児である。という事は何度も書いてきたが、今日も子供の事、彼が今まだ道途中である、という事、そしてその不安定さ、先行きの見えなさについて、親がどういうスタンスで支えていけばいいのか、について、考えたいと思う。

 息子の小学生の時の成績は、テストで10点20点取れればいいほうだった。一桁の事も多かった。毎日私がつきっきりで勉強を見ていたにも関わらず、だ。それが中学生になってから変わり、少しづつ点が取れるようになっていき、高校生の今は、90点以下になる事は滅多にない。彼の高校の内申の付け方は絶対評価なので、80点以上は5になる。なので内申はほぼずっとオール5だ。将来の職業にも彼なりの希望があり(専門職)、それに向けて頑張っているところだ。

 ちなみに小学校の時と今と、勉強時間や方法、本人のやる気に何か差があるわけではない。ただ単純に、年齢が上がっていくうちに脳が覚醒した、という事だと思う。ずっと彼に勉強を教えていた私の受ける印象では、12歳までの息子の脳は、ほとんど眠っていたような気がする。

 勉強面では小学校の時と今とで大きな差がある彼だが、全く変わっていない面もある。それは、同年代の友人が出来ない、という事だ。年上の人や、同年代でもいとこ達とは楽しく関われる彼なのだが、同級生に友達が出来ない。この事は、小さな頃から今に至るまで変わらない。私も出来る限り友達ができるようにあれこれ手を尽くしてみたが、難しかった。彼の中の何かに、同年代の子達と自然に交わっていけない要素が存在するような気がする。いや、逆だ。同年代の子達と自然に関わっていくのに必要な何らかの要素が、息子には欠けているのだ。

 夫はいつも息子に言う。「勉強なんてしなくていいから、友達を作れ。社会に出て必要なのは、友達を作る能力のほうだ」と。うん、その通り。紛れもなく正論。ただ、言うだけなら簡単だよね、と私は思う。ただ言いっ放しなのではなく、それが実現できるように何らかの行動をとってくれたらいいのに、と思う。

 私は今現在は、息子に友達が出来ない事を、過剰に問題視しないようにしている。同時に、世の中の仕組みや人の気持ち、心理、行動、感情などを、そういうものに興味をあまり持たない息子に対し、つどつど説明する手間は惜しまないようにしている。どこかの時点で息子のコミュニケーション能力が覚醒した時に、手遅れにならないように。また、覚醒しなくても、生きて行くのにそれほど困らないように。

 何が正解なのか、道途中の私には分からないが、正解を「コレだ」と決めつける事なく、模索し続ける努力をしていくしかないと思っている。