書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

間違った事は自分に返るという話

 間違った事をすれば、必ずその間違いに気づけるような事が自分に起こる。小さな事も大きな事も、一つもとりこぼしなく、自分に返って来る。そして自分の間違いに気づかされる。気づかなければ、また違う形で自分に返ってくる。気づくまで終わらない。こういう事は沢山の先人が言ってきた事で、別に目新しい事でも何でもないが、今まで半世紀近く生きてきて、これは真実だと最近になって私もようやく分かってきた。

 例えば私は、息子のような子供が産まれた事で、過去の私の沢山の過ちに気づかされた。私の息子は発達障害児なので、出来ない事が沢山あるし、普通(という言葉を使うのは難しいが)ではないところも多い。そういう子供が自分の子供になってみて初めて、世の中には、どんなに頑張っても出来ない人がいるんだ、という事や、別にその人に悪気はなく普通ではない言動を取ってしまう人がいるんだ、という事が初めて分かった。また、そういう人の親という立場になって初めて、以前の私のように、そういう人を理解しないで批判的に見る人がいかに多いか、という事も分かった。

 息子を産む以前の私がどんな間違いを犯していたのか、について具体的にいくつか書いてみる。

 例えば、私は以前、英会話塾の講師をしていたのだが、生徒さんには、よく出来る生徒さんもいれば、全くできない生徒さんもいた。私は、出来ない生徒さんが理解できなかった。ハッキリ言って苦手だった。やればできるのに、どうしてやらないのか、分からなかった。英会話を習いに来ているのだから、勉強すればいいのに、と思ったし、勉強するのが嫌なら塾を止めればいいのに、と思っていた。やってもやってもどうしても出来ない子供が存在する事を知らなかった。また、今出来なくても、いつか出来るようになるかもしれないという望みに賭けて、通い続けているのだ、という事等想像もできなかった。だから私は、出来ない生徒さんに対して、とても冷たい講師だったと思う。でも私は、自分のことを、正しい講師だと思い込んでいた。冷たいのではなく、正しい、と。

 私の息子も、小学6年までは、「出来ない子供」だった。どんなに勉強してもしても、ザルで水を汲むように何も頭に残らないし、そもそも多くの事が理解できない。運動も駄目で、体操教室やバスケット、スイミング等様々な運動教室に通わせたが、何をやらせてもできなかった。諦めずにいくつかは続けさせたが、何年通っても、初歩の段階から先に進めなかった。同時期に入った子達はどんどん上のクラスに進んで行くのに、息子だけは進級できず、毎年、新しく入った子供達と同じクラスにさせられた。一人だけ大きな息子が小さな新入り達のクラスでやっている様子は、惨め、としか言えなかった。それでも、何かしらの運動をさせる事は必要だと思ったし、続ける事で、少しでも運動能力が向上するのではないか、という希望を捨てられなかった。講師の先生方からは、「やる気がないなら、止めればいいのに」と思われていたと思う。

 

 また、これはまだ独身の頃の話だが、ジムに通っていた時、ある日私はロッカールームで、見知らぬ若い女性から、突然「お友達になりましょう」と言われて、連絡先を渡された事があった。そう言えば、その日に入ったスタジオのクラスで、私はその女性と隣りになって、見知らぬ人ではあったが隣りだったから、笑顔で「こんにちは」と挨拶だけはしていた。何とも言えず変わった風貌の女性で、話し方も少し変わっていたので、それ以上の会話はしなかった。その女性がロッカールームでいきなり連絡先を渡してきたのだった。私もジムで友達が出来た事はあるが、それは、何度も顏を合わせ、ある程度話して、お互いに気が合うと思ってからの話で、その日挨拶しただけの人から連絡先を渡されるのは気持ちが悪かった。それで、何も受け取らず、適当に誤魔化して急いで帰った。

 今思うと、あの女性は発達障害者だったのかもしれない。「友人を作るにはジムに入ればいい」と誰かに言われ、それを真に受けてジムに入り、挨拶してくれた人は自分に好意があると思い込み、好意があるのだから友達になれる、と思い込み、だったら連絡先を渡しておかねば、と思ったのだろうと思う。人の言葉を文字通りそのまま真に受けてしまう事や、人間関係の当たり前の常識が分かっていない事や、相手の反応を見て自分の行動を調節できない事など、発達障害者にありがちな行動だと思う。また、そういう一連の行動が不適切であるという事を、彼女に教えてあげる人は誰もいなかったのだと思う。当時、気持ち悪いと思ってしまった自分の反応は間違っていた。気の毒に思って、何等かの話しをしてあげれば良かった。友達になる気はなかったから「友達にはなれないけれども、ここで会った時に話すだけならいいよ」とハッキリ伝えれば良かった。そういう拒否のニュアンスの言葉に、発達障害者はあまり傷つかないし、むしろハッキリ伝えてあげたほうが理解しやすいから助かるはずだ。私のように、何も言わずに適当に誤魔化して逃げるのが一番いけない。あの女性はとても困ったと思う。あの女性には、相談できる人がいただろうか。私の反応の理由を彼女に教えてあげる人がいただろうか。いて欲しいと今更に願う。

 

 私は、頑張っても出来ない人がいる事を、知らなかった。頑張れば誰でもある程度は出来るようになると思いこんでいた。また、普通ではない言動をとる人のことも、理解できなかった。理解しようとも思っていなかった。早い話が短慮で傲慢だったのだ。

 だからといって、息子のような子供が産まれた事を、短慮で傲慢な私への「罰」だと思っているわけではない。「罰」ではなく、「教え」なのだと思っている。世の中には頑張っても出来ない人がいる、という事実を私に教える為に。世の中には普通と違う言動をする人がいる、という事を私に教える為に、私は、息子のような子供を授かったのだと理解している。

 私が多くの過ちに気づけた事で、私の人生は、多少とも良くなってきているように自分では感じる。息子が産まれてからの数年は地獄だったが、その時期を過ぎてからは、むしろ気持ちが落ち着き、静かに前向きになれ、誰かと自分を比べる事もそれで不満を募らせることもなくなった。もちろん今も尚私は、自分では気づかない過ちを多く犯していると思う。短慮さや傲慢さは、まだまだ残っているし。それらがどういう形で私自身に返ってくるのか分からないが、気づかされる事態が起こった時は、動じず冷静に受け止め、そこから少しでも上向きに人生を変えていきたい。

 

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