書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

お化粧を落とさずに寝るVSお化粧しないで外出する

 ああ、こういうのは、別にどちらが正しいという事ではなく、ただ単に価値観が違う、という事なのだろうなと思った事があった。

 用事があって、姉と出かける予定の日、姉宅に時間通りに行ったのだが、姉は今からシャワーを浴びると言う。時刻は午前11時。まあ、少しぐらい待っても特に困る事はなかったので、待ったし、待たされた事に別段不満もなかった。いつもの事なので。

 ただ、姉の言った言葉に、ふと「あら?」と思ったのだった。

 姉は、「昨晩は疲れていて、お化粧を落とさずにソファーに寝てしまって気づいたら朝だった」と言って、シャワーを浴びに行ったのだ。

 私が「あら?」と思ったのは、姉のこの言葉を聞いたのが、初めてではなかったからだ。初めてどころか、もう10回以上、いやもっとか、聞いている。「疲れていて、お化粧を落とさずお風呂にも入らず朝までソファーで寝てしまった」という言葉を。

 姉は専業主婦だし、下の子がもう大学生なので子育てはほぼ終わっている。一体何にそんなに疲れているのかよく分からないのだが、許容量は人それぞれ違うから、姉が疲れている事に、違和感を覚えたわけではない。

 姉は、とてもお洒落な人で、常日頃から「外に出る時は、どんなに小さな用事であっても、私は必ずお化粧をする。それが私の女としてのケジメ」と言っている。確かに、いつもしっかりお化粧をし、少々時代遅れかと思うほど丁寧に髪を作りこんでいる。どんなに疲れていても、外出時には必ずお化粧をする。それがたとえコンビニに行く、というような用事であっても。けれど一方で、姉は、疲れているとお化粧を落とさないで寝てしまうのだ。

 どんなに疲れていても必ずお化粧はするが、疲れているとそのお化粧は落とさずに寝てしまう。その点に、私は、私とは異なる姉の価値観を感じたのだ。

 私は、気軽な出先なら(スーパーやコンビニなどなら)疲れていたらお化粧せずに行く事がある。だが、どんなに疲れていても、寝る前にはお化粧は必ず落とす。お風呂も必ず入る。というか、お化粧は、外出から戻ったらすぐに落とす。

 疲れている時は、人は、優先順位の低い事から省いていくものだ。私と姉とでは、優先順位が真逆なのだ、と気づいたのだ。

 姉は、お化粧をする事のほうが、お化粧を落とす事よりも、優先順位が高い。

 私は、お化粧を落とす事のほうが、お化粧をする事よりも、優先順位が高い。

 どちらが正しい間違っている、とか、どちらが怠惰か、という話ではない。何を持ってして「怠惰」とするのか、より「怠惰」なのはどちらなのか、そこの価値観が違っているのだ。姉は、「お化粧を落とさない事」より「お化粧をしない事」を、怠惰だと考えている。だから姉は、姉の価値観の中では怠惰ではないのだ。逆に、姉の価値観の元では、「お化粧しないで外出する」私こそ、怠惰という事になる。

 姉の価値観は、基本的に外向きについている。私の価値観は、基本的に内向きについている。姉と私が真逆の価値観を持って生きている、というのは薄々気づいてはいたが、お化粧一つとっても、その違いはハッキリ出るのだなあと改めて気づき、面白いなと思ったのだ。

 いやいや、外出時にお化粧をし、夜きちんと落とす事が、これが1セットで当たり前で、一方が欠けている私も姉もどちらも怠惰だ、という価値観の方もおられるだろう。御説ごもっとも、と項垂れるしかない。ただ、何でも年のせいにするわけではないが、しかし、年をとってくると、本当に疲れが抜けないのだ。生きていれば、タイミング悪く逃れようのない用事が重なる時がある。自分の許容量を超えていると分かっていても、こなさねばならない時がある。若い頃なら無理をしたツケは、一晩寝れば解消したが、今翌日はおろか、2~3日は引きずる。「今日は特別な事は何もしていないのに、どうしてこんなに疲れているのだろう」と思って、「ああ、一昨日のアレがまだ尾を引いているのか」とゲンナリする。足を上げるのもしんどい。口をきくのも億劫。そういう時、私ならお化粧せずにスーパーに行ってしまうし、姉ならお化粧を落とさずに寝てしまうのだ。考えてみたら、二人とも怠惰ではある。

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 姉の肌はいつもブツブツが出ていて気の毒なのだが、「寝る前にはお化粧を落としたほうがいいよ」とは私は口が裂けても言わない。そんな事は姉も百も承知だからだ。百も承知で、それでもやれないのだから、他の人間から言われたら腹が立つに違いない。

 一方姉は、思った事は何でも言う人なので、例えば私が、たまにリュックで外出する事を「それはちょっとみっともないんじゃないの?」注意してくる。分かっている。確かに言い歳してリュックはみっともないだろう。お洒落でもないだろう。でも、荷物が重すぎたし、歩く距離が長すぎたから、リュックが最適だと私は判断したのだ。私には私の判断があったが、姉からしたら「みっともない。止めさせないと」と思ったのだろう。だから反論はしなかった。

 私は姉に何も言わないし、姉から言われても反論しない。すっぱり割り切っている。お互いの価値観の違いから、子供の頃はよく姉妹喧嘩をしたものだが、大人になってからは喧嘩はしていない。このまま仲良く年をとっていこうと思っている。

 言いたい事も言わないで、価値観も違うのに、仲が良いなどとは言えないかもしれない。それでも私は、姉が嫌いではないし、姉という人がどういう人間なのかある程度(全部は絶対無理)は理解できているし、それで十分かなと思っている。姉妹というのは、自分が選んで関係を作った相手ではない。あてがい扶ちの相手なのだ。強制的に与えられた縁なのだ。 ある程度理解できて、喧嘩せずにやっていけたら、それは「仲良し」と呼んで差し支えないと思ったりするのだ。

 生まれてからずっと近くにいる存在だからこそ、同じ思い出を共有し、同じ事で笑える。そもそも気が合って知り合った存在ではないし、価値観においては真逆であるにも関わらず、大きく決裂する事なく続いてきて、これからも続いて行く姉との関係。時に複雑な思いをする事はあっても、私は大事にしたいと思っている。