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書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

ムーニーCMに感じたこと

 ムーニーの動画が話題になっているようだ。母親一人が子育てしている状況を描いている為に、肯定的、否定的、発展的など、様々な意見があるようだ。私が拝読させて頂いているブロガーさんもご意見を書かれていて、私も同感だったのだが、それ以外にも色々感じる事があったので、書いておきたい。

 この動画を見て、涙した女性はおられるのだろうか。私は泣いた。そして、この涙は一体、何に対する涙なのだろう?と思った。自己憐憫?いや、違う。それは、過ぎた過去を懐かしく思う涙だったと思う。

 私の子供は今、高校生なので、赤ん坊の子育ては15年ぐらい前の思い出だ。あの過酷な日々。寝てくれない。飲んでくれない。始終癇癪で泣いている。家の中ならまだいい。外出中に愚図られた時の辛さ。泣き止んでくれない時の苦しさ。私自身の体調がどんなに悪くても関係ない。子供を抱き続けないといけない辛さ。腱鞘炎で指が動かない時も、下痢が止まらず腹痛に呻いている時も。子育てには一瞬の休みも気の緩みも許されない。そんな日々。

 でも、ムーニー動画を見て私が泣いたのは、あの時期の苦しさを思い出したからではない。あの苦しさはすでに過去のもので、すでに全て昇華してしまった。私の中に、苦しかった、という負の感情はもう残っていない。

 私の中に残っているのは、あの当時の、息子の愛らしい笑顔だけだ。私を求めて差し出された小さな手の愛しさだけだ。私の目を覗きこむ、あのつぶらな瞳の美しさだけだ。それらはすべて、もう二度と見る事ができない。失ってしまった素晴らしく幸せだった過去の自分を思い出して、私は泣いたのだ。

 自分に酔っているのだろうか。分からない。そうかもしれない。私の中では子育てを誰がするか、という問題はあまり問題ではなかった。私がする、と決めていたからだと思う。そして、自分が産んだ子供を抱けただけで、子供を産んだ価値はあったのだ。息子のあの笑顔と小さい手。母性礼讃を書きたかったのではない。しんどいだけではなかった。


ムーニーから、はじめて子育てするママヘ贈る歌。 「moms don’t cry」(song by 植村花菜)