書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

暑さと水辺と感染症と虫刺され。

 私は夏が好きだし、自然の中にいる事も好きだ。寒いよりは暑いほうが体質に合っているし、海や川の側にいると寛げる。だからお出かけ先は、街中より海辺や川辺を選びがちだし、長期の旅は夏に決めているし、行先は海辺にする事が圧倒的に多い。

 今まで行った国を考えると、アメリカ西海岸東海岸、カナダ西側東側、メキシコ、イギリス、香港、と、海に囲まれた小国か、大陸の国なら海沿いの街ばかりだ。今夏はハワイに行きたいのだけれど、今キャンセル待ちで多分無理そうなので、沖縄のツアーだけ抑えてある。今後行きたいのは、カリブ海とベニス、それとエジプト、ナイル川が見たい。ベニスは早く行かないと水没してしまうらしいので、気が焦っている。国内旅行先は沖縄が多くて、あと日帰りで淡路島によく行く。日常では毎朝、緑の茂った公園で瞑想めいた散歩をするのが習慣だ。

 そんな水辺と自然が好きな私なのだが、最近読んだツツガムシ病についての本で、衝撃を受けた。ツツガムシ病は致死の病なのだそうだ。新潟や山形等の東北地方では、ツツガムシというダニの幼虫に刺された人の多くが死んでいると。ツツガムシは水辺の葉や、野生動物(野ネズミ等)の耳等に幼虫を産む。幼虫は近くにいる人間にくっつき、皮膚を刺す(ダニなので)事で、体内のウィルスを人間に感染させる。刺された人間の多くは死ぬのだという。幼虫が産まれるのは夏。だから毎年東北地方では、どの村でも20~30人の農民の方々が、当たり前のように死んでいたのだとか。亡くなった方々を祭る祠も数多く残っているのだとか。

 長年地道な研究がなされ、今では治療薬も出来たのだが、刺されてすぐに投薬しないと効かないので、まだまだ注意が必要な感染症であり、減ったとはいえ今でも死者は毎年出ているのだとか。このツツガムシ病は、東北だけでなく日本全国で見られ、私がよく行く沖縄でも死者が出ている事実に驚いた。沖縄では、日頃触れられない自然に「わーい、自然がいっぱいだー」と大喜びして満喫していたのだが、そんな脅威があったなんて、知らなかった。運悪く葉っぱについたダニに刺されただけで、ただの虫刺されで、人は死ぬのだ。

 若い頃はこういう話を聞いても、自分は健康だから大丈夫、と思っていたのだが、年をとってくると、自分の健康にもそこまで自信が持てない。

 最近見た「こんな所に日本人」というテレビ番組(この番組は好き。千原兄弟が好きなので)で、カリブ海の小さい島、セントクリストファーネイビス島が取り上げられていたた。そこで働く日本人女性が登場したのだが、彼女はその島で、レプトスピラ菌というエボラ出血熱系の病を引き起こす細菌の研究をされていた。カリブのその島は、レプトスピラ菌がいたるところにあるので、研究するにはうってつけの場所で、研究所があるらしい。いたるところ、というのはどういう事かというと、セントクリストファーネイビス島の哺乳類(犬、の子、家畜など)のほとんどが、レプトスピラ菌に感染しているそうだ。それらの動物の尿で汚染された水や土壌から人に感染し、重症になれば死に至る。

 カリブ海に憧れていたのに、現実を知って躊躇いを覚えた。

 ツツガムシ病とレプトスピラ菌、短い期間に立て続けに耳に入ってしまったこの情報。若い頃なら聞き流せたこれらの話が、年を重ねた身には結構こたえる。

 繰り返すが、私は暑い季節が好きだし、水辺も好きだった(←何気にすでに過去形で語り始めているあたり、、、)。それは、夏や海が、自然やナチュラルさや健康に繋がっていると感じていたからだ。

 でも、実際は違うのかも。

 いや別に、暑い場所や水辺が脅威だと言いたいわけではない。ただ、そういう所を、頭から「健康的な場所だ」と思い込むのは、間違っていたのかもしれない、と感じ始めているのだ。

 これからも沖縄には行くし(というか、今夏は絶対に行くし)、来夏は、今年の年末にツアーパンフが刷り上がったらすぐに予約を入れてハワイに行くつもりだし、カリブ海にもいつかは行きたい気持ちは変わらない。でも、手放しで「暑さ・水辺・自然=健康」と思い込むのは止めないといけない。日常にはない寛ぎや解放感を満喫しつつ、同時に、土地土地にいる菌やウィルスに対して免疫を持たない自分は、慎重になる必要を感じた。

 そう言えば、若い頃初めてアメリカ西海岸に行った時、行って数日で謎の熱病に罹り、1週間寝込んだ事がある。高い熱が出て風邪薬が効かず苦しんだ。あと、スーパーで売っていた子羊のラム肉にあたったり、高級レストランの前菜にあたって吐きづめた事も。アメリカ等という先進国ですら、そこになじみのない体には様々な脅威がある。ましてや自然の多い国となると。夏だ、海だ、自然だ、健康的だ、と浮かれずに、慎重に楽しみたいと思った。