書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

最悪の二者択一

 私の息子は、普段はいたって穏やかで明るく思いやりのある「好ましい子」(←要するに、私にとって都合のいい子)なのだが、不安な事があると途端に「しんどい子」(←要するに私にとって都合の悪い子)に一変する。

 例えば、彼は毎朝時間に余裕を持って起床するのだが、油断してダラダラしてしまって、気が付くと時間に追われている事がある。後数分で家を出ないといけないのに、まだ制服を着終わっていない、とか。そういう時、彼は「時間がない、どうしよう、間に合わない」という不安に焦って、それを私にぶつけるのだ。「時間がないから、お母さんこれやって」とか、「間に合わない、間に合わない」と目を吊り上げて私にその不安を押し付けようとしてくる。早朝から、家の中の空気は一気にストレスフルなものになり、まだ本調子が出ていない私の全身の神経を攻撃する。

 元来不安感の強い彼なので、6時以降に起床しても十分間に合うところを、あえて5時台に起きている。当然、朝食やお弁当作りの必要性から、私も同じ時間に起きざるを得ない。私としては、彼が朝、焦らなくてもいいように、必要以上に早い時間に起きてあげているのに、にも関わらず、彼がダラダラしていたせいで遅れ気味になると、その焦りや不安を私にぶつけられるわけで、割に合わない事この上なく、相当イラッとする。

 イラッとするが、ここで彼に私の内心の苛立ちを見せようものなら、パニックに陥って登校どころではなくなるので、ぐっと堪えて淡々と相手をする。手早く用意を手伝ってやり、「大丈夫、間に合うから」と適度に声がけする。そして、なんとか彼が玄関のドアから出て行ってくれる瞬間まで、なんとか耐え続ける。早朝から子供の不安を押し付けられると、私の神経がやられてしまい、元の通常の精神状態に戻すまで、かなり時間がかかる。

 よく考えると、こういう「人に自分のしんどさを押し付ける傾向」は、夫にもある。夫も、何か気に入らない事や、焦りや不安があると、私に不機嫌を押し付けてくる人だ。自分だけがしんどい思いをしているのが、イヤなようだ。自分がしんどい時は、私にも同じようにしんどい思いをさせたいのだそうだ(と本人が言っていた)。彼は不機嫌になると、立ち居振る舞いが乱雑になり、歩く時もわざと人の邪魔をするような歩き方(廊下ですれ違う時なら私を壁に押し付けるような)をし、壊れそうな程大きな音をたててドアの開閉を行ったり、冷蔵庫やそのへんの棚や引き出しを開けて「整理がなっていない」と嫌味を言いだす。賞味期限のきれた食品を取り出してみたり、積み上がっている新聞の一番下のやつをわざと引っ張って新聞の山を崩してみたり。そもそもその食品は、私が買って来たものではなく、夫の実家から送られてきたもので、私の口には合わないので食べられずに残ってしまっていたものなのだし(捨てるにしのびなく)、新聞が積み重なってしまうのは、夫が新聞を捨てさせないからだ。相当前の新聞も、「あ、それ読むから置いといて」と言い、捨てさせてもらえない。無理に捨てると「君は何でも捨ててしまう」とこれまた嫌味を言われるから、山が出来て見苦しいのは承知の上で、積み上げておくしかないのだ。

 結局夫は、自分が不機嫌になると、その不機嫌さを私に押し付けずにはいられず、ヤ○ザのイチャモンのように絡んでくるのだ。息子も同じだ。これは遺伝なのかもしれない。

 イヤな遺伝だとずっと思っていたが、最近、そうでもないと思うようになった。

 夫や息子は、自分の中に、ネガティブさを押し込めておかないのだ。ネガティブな事があると、それを私に押し付ける。その事によって、自分の心を守っているのだ。押し付けられるほうはたまったものではないが、しかし、彼等はその事によって、自分の心の健康を守っているのだ。

 つまり、彼等は多分、どんなにしんどい状況になっても、ウツや心の病にはならない、と最近私は気が付いたのだ。辛い事があっても自分一人で抱かえ込み、一人でウツウツしてしまう人は心を病みがちだが、彼等にそんな殊勝な習慣はない。辛い事があったら、即座に私に押し付けてくるのだから。

 日常的に彼等のしんどさを押し付けられるのは不愉快だが、彼等が心の病に罹ってしまうのも困る。どちらがよりやっかいか、と言えば、やはり心の病のほうだと思う。最悪の二者択一だが、日常的にしんどさを小出しにされるほうが、まだマシだと気づいたのだ。

 ちなみに世の中には、しんどさを自分一人で処理できる、心の強い人もいる。誰かに押し付ける事もなく、かといって自分自身が参ってしまい病になる事もなく。そういう男性と結婚すればよかったと思わないでもないが、しかし、若い頃に相手が「しんどさを自分一人で処理できる人間かどうか」見抜く事は不可能だったように思う。結婚前であれば、いくらでも演技できるからだ。

 また、私自身がわりと、しんどさを自分一人で処理する性格だが、こういう人間はえてして冷たい。人は人、自分は自分、と淡々と割り切るので、能動的に人を助けようとはしないい。頼られれば助けるが、頼まれもしないのに自分から手を出してあげる事はない。日常的に人を構いにいく事もないし、つるむ事もない。むしろできるだけ人と関わらないように、関わらないように、気を付けて生きているフシがある。結婚相手として、私のような人間が、良いかどうかは分からない。要は、お互い様、という事なのだと思う。

 

 

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