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書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

安心より幸せを選ぶという事

 家の中と外の温度が同じ季節がやって来た。外出するにも上着を羽織る必要がない。「あ、ちょっとコンビニ行かなきゃ」と思ったら、思ったはしから靴をひっかけて外に出る。気軽。身軽。本当に暮らしやすい季節がこれから二ヶ月ほど続く。嬉しい。

 ちなみに、コンビニの店員さんが、「白髪があまり綺麗に染まっていないショートカットの中年女性」だと、ほっとする。私の個人的統計なのだが、こういう方は親切かつ有能な方が多いと思う。デザートを買ったら、頼まずともスプーンを入れてくれたり、それに対して御礼を言うと、「いえいえ」と気持ちよく返してくれたり。「白髪があまり綺麗に染まっていないショートカットの中年女性」が親切&有能説、推すのは私だけだろうか。

 話は変わるが、先日、「単身世帯では、貯蓄額がゼロ円の世帯(人)の割合がほぼ50%」という記事を読んだ。ちなみに、同じ単身世帯でも、貯蓄がある人だけで統計を取り直すと、平均貯蓄額は1500万円になるそうだ。つまり、単身世帯全体の平均貯蓄額は半分の800万円程になるわけだ。「単身世帯の平均貯蓄額が800万円」と聞くと、うん、そんなもんだよね、と思うけれど、もう少し丁寧に見てみたら、貯金ゼロの人が50%もいる、という事実。驚いた。

 貯蓄がゼロで生きている、というのは、あまりにも不安じゃないのだろうか。まあ、そんな事を言うと、私なんか「障害児抱えて不安じゃないのか」と聞かれてしまうだろうけれど、いや確かに健常児よりも将来の不確定要素が多いが、だからこそ、今やれる事を精一杯やっているので、そういう意味で私の場合、不安はない。今の自分の行動が子供の確実な未来に繋がっているので。不安は感じない。

 先日、「え?」と驚いた事があって、このブログにも書いたかもしれないが、いつも綺麗に着飾って楽しく遊び歩いておられるお洒落奥様がいらっしゃるのだが、貯金がゼロでギリギリの生活だと聞いた。でも、ご本人は「私は幸せ」発言を連発されていて、どこか不安定さが漂うけれど、本人が幸せならそれでいいのかなあ、と思ったり。私は、不安要素があると幸せを感じられないタチなので、不安があっても幸せを感じられる人がいるのが不思議で仕方ない。

 貯蓄がゼロなら、「イヤな仕事でも頑張ってやって、少し貯めておこう」という風には思わないものだろうか。そういう人は、少しは貯金がある、という安心より、「今、心地いい」という幸せを優先するのだろうか。個々人で様々な事情があり、死ぬ気で働いていても貯金ができない人もいるだろうが、全体の50%となると、日本経済そこまで壊れていないだろう、と思う。先の例に挙げたように、幸せ優先で貯められない人も多いのではないか。

 話は違うが、勉強ができなくて困っていたり、そのせいで不登校になったりしてるお子さんに悩んでおられる親御さんは少なくない。でも、「ならば自分で子供に勉強を教えてあげよう」という風には思わないらしい。小中学校の勉強ぐらい、親が死ぬ気で勉強すれば、子供に教えられるはずなのだが(親だって小中学校を卒業したはずだから)。そういう人は、子供が勉強が分かるようになる、という安心より、「今、自分が勉強し直すのは嫌」という気持ちのほうが勝つのだろう。自己中というより、何というか、「嫌な事をしない幸せ」を、安心より優先させるのだろうと感じる。

 世の中にはいろんな人がいる、という事は分かっている。いい悪いではなく。でも小心者の私からすれば、「安心より幸せを取る」という感覚が、どうしても実感として理解できない。私の中では、安心=幸せ、なので。貯蓄ゼロ世帯が50%って、なんだかどうしても実感として理解できない。別に私が理解する必要もないのだが。