書くしかできない

発達障害の息子、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

嘘とお金

 嘘をつくと信用を失くすのに、それでも日常的に嘘をつく人がいて、あれはどうしてなんだろうと思っていたら、「依存症の人には嘘は付き物」と知って、ああそういう事か、と思った。その嘘つきの人も、多分、依存症体質なのだと思う。

 その人に関して言えば、特別な何かに特化して依存しているわけではなく(例えば、ギャンブル依存症とか)、しいて言えば「幸せ依存症」という感じなのだ。自分が幸せでいる、という状態をいつもいつも求めている感じ。その為に、時に買い物依存っぽくなったり、恋愛依存っぽくなったり、セミナー依存症になったり、占い依存症になったり、、、。どれも「今、幸せでいたい。幸せを感じていたい」という依存症なのだと思う。そして、日常の現実生活と、自分の送りたい生活との間に齟齬が生じた時は、嘘でとりつくろう事に躊躇しないのだと思う。そしてその頻度は、依存の度合いに比例して高まっていくのだろうと思う。

 私もわりと嘘をつくし、嘘はダメだと優等生ぶるわけではないが、嘘をつく時は少なくともバレないように注意深くつく。当然だが、あまりにも平易に頻繁に不注意に嘘をつき続ければ、早晩必ず信用を失うからだ。

 世の中にお金で買えないものは最早ない、と言ってもいいかもしれない。お金があればどこまでも高価で高度な治療を受けられるし、無ければ救える命も救えない場合がある。お金があれば腕のいい弁護士を雇えるし権力を味方につける事も可能で、それによって有罪が無罪になる例もある。命も正義も、お金で買える。でも、一つだけお金では買えないものがあって、それが信用だと思う。

 依存症の人は、自分の依存を責められたくない、止められたくないから、依存行動を隠す為に嘘を量産せねばならず、信用を失っていく。信用を失うか、依存を止めるか、の二者択一なら、信用を失うほうがマシだと思ってしまうのだろうと思う。

 信用を失うとどうなるのか、というと、、、、どうなるのだろう。信用を失えば、仕事につく事が難しくなる、これが一番大きい弊害かもしれない。私も、誰かに仕事を紹介する時、誰かに縁談を勧める時、信用できない人は紹介できない。でも、もしその人が一財産築いていたり、親からの遺産で食べるのに困らなければ、たとえ信用を失っても、生きていけるだろう。何かに依存して馬鹿らしい嘘ばかりついている人でも、財産があれば周囲から、「あの人はああいう人だから」と黙認され、大きな問題にはならないだろう。

 とすれば、信用はお金では買えないが、お金があれば信用は必ずしも必要不可欠なものではない、という事になる。世の中、お金で左右できないものは、何もないのかもしれない。