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書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

発達障害児に勉強を教える~その③(特徴に合わせてやった事)

 前回の続きになる。中学生の息子の勉強は、基本的に私が教えたのだが、その具体的なやり方について今回は書いていく。発達障害児は一人ひとり異なるので、全ての発達障害児に共通するやり方ではないけれど、どなたかの何かしらに共通する部分があるかもしれない。そういうスタンスで書きたい。

 我が子の特徴は以下の通り。

①「人から指図を受けたり教えこまれる事が嫌い」

②「ルーティンが好き。先々まで予測できる事で落ち着く。逆に急な変更や、予定がたたない状態が嫌い」

③「長時間同じ事を続けても、飽きないしあまり疲れない」

  

 私がやった事

①「人から指図を受けるのが嫌い」に合わせる為にやった事。

 息子は、自分からやる気にならないと、全く勉強を受け付けない子供なので、まず本当に心から彼が「勉強がしたい」と思うようになってもらう事が、何よりも先決だった。だから「何故、勉強をするのか」というテーマについて、長時間、そして何度も何度も繰り返し、彼に語ってきた。小1の理解力と中1の理解力は当然違うから、子供のその時点での理解力に合わせて、具体的に子供が理解できるような言い方で、説明してきた。例えば小1の時には「立派な大人になる為に」という言い方で説明した。

 中1の時には「大人になって生きていくには、仕事が必要だ」という事がもう分かっていたから、職業一覧の本を買って、私が熟読した。村上龍さんの「13歳のハローワーク」はかなり読みやすくて助かった。こういう本をもとに、子供に対して「将来、どういう仕事なら出来ると思うか」という風に、本をペラペラ繰りながら会話し、子供が「これならできる」「これならやりたい」という職業になる為には、どういう学校に進む必要があるのか、を子供自身の目で確認させた。そして、そういう学校に入るには、どういう高校に進む必要があるのか、を塾の情報誌でやはり子供に確認させ、そういう高校の偏差値を確認させ、その偏差値を取るには、学校の定期試験で何点以上とらないといけない事を子供に確認させ、ならば最低限、どれだけ日々の勉強で理解していかないといけないか、を、問題集をもとに確認させた。

 ナビゲーションは私がやったが、実際にページをくって確認していく作業は子供自身にさせた事で、子供の中に「やらされ感」「教え込まれ感」が湧かないように気を付けた。

 結果、息子は、その時期に彼が理解できるレベルで、勉強の必要性を理解した。そして、「僕は勉強しなくてはいけない」と、本人が心から思う事になった。勉強を教える前段階がこれで整った。

 

②「ルーティンが好き」に合わせる為にやった事

 毎日の勉強時間を本人に決めさせた。一旦決めると、それを同じペースで繰り返す事を、本人自身が望む。私が「勉強しなくてもいいの」と言う必要は全くなく、時間がきたら、彼が自ら自分の部屋に行き、何の抵抗もなく机の前に座るからだ。勉強時間は年齢とともに少しづつ増えていったが、中1の時で、平日3時間、休みの日で何も予定がなければ5時間、ぐらいだった。でも、塾がある日や、休みの日でも予定がある日は、それはそれでまた別メニューを彼自身が自分で決めていて、その別メニューを抵抗なくやっていた。夜は11時なったら、どんなに途中でもパッと止めて寝ていた。定期テストの前だからもう少しやる、というような事はなく、定期テスト前でも、なんなら受験前日でも、平素と全く同じスケジュールで同じペースでやっていた。それが彼にとって一番楽で自然なやり方なので、私は一切口出ししなかった。勉強ペースやスケジュールについて、私が一切口出ししない、という事が、逆説的だが私がやった事だ。彼に私が「勉強しなさい」と言った事は、過去に一度もない。私が言った時点で、彼のやる気は消えるだろう。その為に、先に書いた①を徹底的にやったわけだ。①を完全にやった上で、②に進んだ。①が不完全なら②に進む事はできないし、その先もない。

 

③「長時間同じ事を続けても、飽きないしあまり疲れない」に合わせてやった事。

 発達障害児に特有なのか、ウチの息子だけの特例なのかは分からないが、彼は、長時間勉強しても疲れない。勉強内容も、ひたすら計算問題を延々続ける、とか、英単語を延々覚える、とか、同じ事を続けても、普通の人のように飽きない。最後までペースが落ちない。だから、息子に勉強を教える時は、この特徴を忘れないように気を付けた。以前はこの彼の特徴に気づかず、同じ事をしたら飽きるだろうから、とあれこれ目先を変えさせようとしてしまっていたが、ある時気づいて、やり方を見直した。

 同じ事をまとめて一定時間やりきる方が、効率は断然いいのだ。ただ普通の子供にそのやり方が通用しないだけで。でも、息子にはそれが可能だったので、勉強方法は基本的に、1日1教科、とした。たとえば平日3時間の勉強時間で、3時間まるまる英語をやるわけだ。そうすると、英語世界にどっぷり浸かれる。英語の概念の中に入り込み、深いところまでいける。勉強の世界で、この「深いところまでいく」というのは、実はとても気持ちのいいもので、こういう勉強方法をとったおかげで、息子にとって勉強は「やらねばならないもの」から「やると楽しくなるもの」へと、変わっていった。

 子供のこの特徴に気づいてから改めて、何故息子が学校や塾の授業が頭に入って行かないのか、その理由が分かった気がする。学校等の授業は、息子にとっては、めまぐるしく教科が変わり過ぎるのだ。朝から理科なら理科だけを、6時間ぶっとおしでやってくれれば、息子は多分、理解できるのだと思う。でも実際には、50分ごとにめまぐるしく区切られ別の科目にチェンジされる。先生の教え方もぱっぱっぱっと要領よく分かりやすくポイントを区切って説明されるし、生徒側もそれに瞬時に反応して答えていく事が求められる。しかも教室は常にざわついていて煩く集中力を削がれる。息子にとってそういう教えられ方や環境は、合わないのだと思う。彼は一つひとつ丁寧におさえていき、その一つひとつをあれこれ自分の頭で咀嚼する時間が必要なのだし、一つの事を長時間やり続けないと調子が出ないのだ。逆に長時間やり続けても全く飽きず疲れないのだ。

 息子は、一つの事を取り入れるのに、ぱっぱっと入れるのではなく、あれこれ咀嚼する。それは、彼に勉強を教えていて気づいた。彼は、「逆に考えたらどうなるんだろう」とか「そうでない場合はどうなるんだろう」という事を、まず考える。だから時間がかかる。でも一旦覚えたら絶対に忘れない。今思えば幼児の頃、ミニカーをさかさまにして走らせて遊んでいた息子に、「タイヤは下だよ」と注意したら癇癪を起されて聞いてくれなかった、と以前書いたが、それもこういう事だったんだと改めて気づいた。彼は、車はタイヤを下にして走るものではあるけれど、逆にして走らせてみたらどうなるのだろう、とまずは考えたのだと思う。そしてそれを、やってみたのだと思う。そしたら私に直されたので、直されるのが何よりも苦手な発達障害児だから、癇癪からそれが(車を上下さかさまに走らせること)が、彼独特の「こだわり」にまで固着してしまったのだと思う。一旦「こだわり」になってしまうと、まず直せない。 

 話をもどすが、それにしても、学校で合わない授業を毎日受けている事が、彼にとってどれだけしんどい事なのか、私は改めて感じたのだ。それで、息子が帰宅するたびに、「今日も頑張ったね。疲れたでしょう。偉かったね」とねぎらう事を習慣にするようになった。毎日言っている。私にねぎらわれるだけでも、息子の疲労が緩和されるようだ。「何故、学校の授業が分からないの?」と何故何故なぜ、と子供を追い詰めても、良い事はないと思うのだ。子供一人ひとりに、授業が分からない理由があって、親はできるだけそれを知り理解し、寄り添い、手助けしていく事が大切ではないかと私は思っている。

 蛇足になるが、だからといって、学校制度が間違っていると言いたいわけではない。この社会は、圧倒的マジョリティーである健常者に合わせて作られているのが当然なのだ。だから学校も当然、健常児に合わせて作られている。そこに文句を言う筋合いは全く無い。ただでさえ多忙な学校の先生に、合わない子供のフォローまで押し付けるのは、現実問題不可能だと思う。

 

 以上が、息子の、発達障害児特有の特徴に合わせた勉強方法だ。次回以降、各教科について、具体的にどのように教えていったのか、について書いていきたい。