書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

発達障害児に勉強を教える~その①(非定型発達と塾)

 前回、承認欲求について書いたけれども、私の中の承認欲求を満たす為に、今日は(偉そうに)発達障害児に勉強を教える方法について書いてみたいと思う。私の息子は志望校に入り、将来の計画を描きながら楽しく高校生活を送っている。もしかして、どなたかのご参考になればとても嬉しい。

 息子は、小学校に上がるまで言葉を話さなかった。当然だが、幼稚園の頃には「小学校には行けないだろう」という診断を受けていた。けれども諦めず息子と関わっていたら、なんとか小学校に入れたし、普通クラスで苛めも受けず、無事6年間過ごせた。このへんの事もいつかは書きたいけれど、今日はその先について書きたい。

 中学3年間、どういう風に勉強させたのか。なぜ無事に志望高校に入れたのか、について、書きたいのだ。なぜならば、発達障害児というのは個人差はあるものの、往々にして、発達遅滞を同時に持っている事が多いからだ。どういう事かというと、標準よりも発達が遅いのだ。身体的発達も、情緒的発達も、知的発達も。で、知的発達が遅いので、所属する学年の勉強にはなかなかついていけないという事になる。じゃあ馬鹿なのか、というとそういうわけでもなく、2年遅れぐらいの勉強をさせると(小3で小1をさせるとか)、すいすい理解できたりする。全く望みがないのではなく、ただ発達が遅れているだけ、というケースが多いのだ。

 しかも不思議な事に、単純に発達が遅れているだけではなく、通常のペースで発達しないのだ。ある時期突然、急激に発達ペースが上がり、あっという間に同学年の平均を追い越す知的レベルになったりする。ウチの子がこのパターンだったのだ。でもこれは、親が毎日接して継続的に教えていないと、なかなか気づけない。急激に発達ペースが上がる時期というのは、発達障害児によって違う。ウチの子の場合は中1だった。それまでは、テストと言えば10点20点だった子が、中学1年の2学期から、いきなり平均点プラス10点20点を取るようになった。平均点が60点のテストなら、70点80点取る、という感じだ。10点20点だった子が、いきないそれだけ伸びたのは、勉強方法を変えたわけではなかったから、本人がの知的発達ペースが急激に上がったから、だとしか思えない。それまでは、何を教えてもザルで水をくむような頼りなさだったのが、中1の夏頃から、いきなり頭の霧が晴れたように何でもすいすい理解し、覚えていくようになったのだ。

 この「急激に知的発達が進む時期」を見逃してしまうと、相変わらず子供は「勉強が分からない」子のままになってしまうのではないかと、私は思う。学校や塾に行っているから良いではないか、と思われるかもしれないが、学校や塾という「教室」で行われる一斉授業では、発達障害児の脳にはフィットしないように私は感じるのだ。発達障害児一人ひとりに、理解しやすい教え方のツボがあって、そこを外すとどうしたって頭に入っていかない。だからどうしても、子供の事を一番分かっている親が、マンツーマンで教えるしかないと思う。特に、知的発達が進む時期を見逃さず、そこで効率よく入るだけ入れて行くと、「え」と驚く程の吸収力で覚えて行き、かつ、驚くほどの応用力を見せてくれる可能性がある。

 とはいえ、知的発達が急激に進んだからといって、発達障害児独特の個性が消えてなくなるわけではない。相変わらず、教えられる事、やらされる事に対する拒否感は強いのだ。そこは変わらない。そもそも、発達障害児に「強制的に何かを教える、何かをさせる」という事は、ほぼ不可能に近いと、発達障害児の親ならたいてい、身に染みて分かっている事ではないだろうか。ウチの子供だけだっとしたら、これから書こうとしている記事は丸ごと無駄になるのだが。まあ、一応書いておこう。

 何度も繰り返して恐縮だが、ウチの息子は、誰かから、何かをさせられる、教えられる、という場面をことごとく嫌がった。それは勉強だけでは勿論なく、日常生活の全ての場面においてそうなのだ。例えば幼児の頃なら、新しい玩具の遊び方について、手をとって教えてあげようとしても、拒否された。たとえば車の玩具を渡しても、タイヤを上にして走らせて遊んでいるから、「車はタイヤを下にして走らせようね」と逆に向けさせようとすると、怒り出す。頑として、タイヤを上にして走らせて遊ぶやり方を変えない。それは単なる我が儘ではなく、発達障害児ならではの「こだわり」なので、どうしようもない。叱ってなんとかなるものではないし、叱る事が「こだわり」を余計にひどく固着化させる危険があるので、親にできる事は、静かに奥歯を噛みしめ諦める事だけだ。

 そういう子供に、勉強を教える。ほぼ無理ではないか、と私も思ったかというと、思わなかった。何故なのか、と当時の自分に問えば、「なんとなく」としか答えらえない。言葉すら話さない、靴下の履き方を教える事すら難しい息子に、私は、なんとなくアカデミックな方向の芽を、感じてしまっていたのだと思う。本当に何の根拠もなく。

 それで小学校の間も、諦めずに毎日つきっきりで勉強を教えていて(それほど長時間ではないが)、全く芽は出なかったけれども、落ちこぼれる事なく進級はできて、中学校に上がった。

 中学校に上がった時に私が思ったのは、「さあ、高校はどうする?」だった。このままの成績では、ろくな高校に行けない事は目に見えていた。けれど、無理やり教え込む事は、不可能だ。それで私が取った方法は、問題をハード面とソフト面に分け、各々でとにかくいろいろやってみる事だった。

 まず、高校受験について情報を得なくてはならない。これはハード面にあたる。受験について情報を持っているのは塾だ。私一人で、いろんな塾を見学した。大手の教室の塾。小規模な教室の塾。大手のマンツーマンの塾、などなど。10か所以上まわったと思う。その中で、ここはいいかもしれない、と思った3か所で、子供に入塾テストを受けさせた。大手教室のテストには落ちた。小規模教室とマンツーマン塾のテストには通った。とりあえず小規模教室に通わせてみた。が、数か月で教室側から「ウチでは預かれない」と退塾を通告された。理由は、授業について来れなさそうだから、というもの。結局最終的に、マンツーマンの塾に通わせる事にした。

 といっても、塾に通わせる目的は情報収集なので、最低限の時間枠しか取らなかった。たった2教科。国語と数学だけ1週間に1時間づつ。それでもマンツーマンだからそこそこの授業料になる。一時間5千円だから、、、、ざっと月4万。高い事は高いが、その分気配り目配りは充分で、様々な情報をテンポよく出してもらえ、高校受験素人の私にはとても心強かった。行政によってコロコロ変えられる受験の最新事情、高校ごとの最新事情、模試情報とその分析。塾に行かせていなければ、手に入らないものばかりだった。高校受験のプロの方々には常識であっても、ど素人の私には全く初耳な事が沢山あり、恥を忍んでいちから教えてもらう事もしばしば。本当に助かった。受験について疑問に思う事があったら、迷わず塾に電話して聞けた。

 受験に直接関係ない事、例えば「万一、学校の定期試験を欠席してしまった場合、試験はゼロ点になるのでしょうか」というような質問(←これは心配性の息子からの質問)に対する答え「大抵の学校は、過去の定期試験の結果の平均値を当て込んでくれるから、ゼロ点をつけられる事はまずないです。安心して」だった。

  また、マンツーマンの塾の先生は全員が大学生のアルバイトなので、とにかく腰が低いし謙虚。マンツーマンだから、相性が悪ければ変えてもらう事も無問題。でもどの先生も優しかった。息子も嫌がらず通えた。お兄さんお姉さんという年齢の先生ばかりなので、それぞれの高校生活や大学生活についてあれこれ聞けた事も良かったし息子の知見は自然に広がった。息子が将来について、具体的かつ明るいイメージを持つ事ができるようになったのは、塾で親切な先生達と関われたからだと思う。

 という感じで塾が決まり、これで、高校受験に関するハード面はがっちり押さえた。

 同時進行で、ソフト面にも取り組んだ。ソフト面というのは、とりもなおさず、子供の勉強そのものである。この実質的な勉強は、私が教える事にした。ここから先については、次回から書き始めたい。