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「氷結」上下巻 ベルナール・ミニエ著

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 著者はフランス人で、ミステリー作家。大抵の作品がベストセラーになっている。この小説「氷結」も、テレビドラマ化されるそうだ。

 とはいえ、この作家の魅力は、筋書やトリックの面白さではないように思う。ミステリー慣れしている読者なら、最初から犯人など分かってしまうだろうし、著者もそれは織り込み済みで書いているように思われる。

 この作家の魅力は、全編に漂うシニカルさと独特の洞察力であり、そしてそういう冷めた視線を維持しながら、人間の弱さを崇高さにまで高めて魅せる技術力だろうと思う。ミステリーの筋書など、そこに添え物のように置かれているだけに思える。

 こういう事は口で説明するのが難しいので、本文から少しだけ抜粋させてもらう。主人公の刑事セルヴァズと、元判事との会話。

 

****(本文からの抜粋)****

 

「自殺した若者たちのことを話していただけますか」

判事はグラスを唇のところへ持っていった。

「今では、刑事になるのにどうするのかな?」質問には答えず、彼は訊いた。「汚職が広がって、誰もが自分のポケットをいっぱいにすることばかり考えるようになると、ひどく面倒なんじゃないか?」

「いえ、逆にとても単純です」とセルヴァズは言った。「世の中には二種類の人間がいます。悪党とそうでないのと。そしてみな、自分がどちらに入るか決めなければならない。もし決めないときは、すでに悪党の側にいるということです」

「そう思うのかい?それならきみにとって物事は単純だ。いいやつと悪いやつがいるだけ。じつに運がいい。だが、もし選挙で三人の候補者から選ぶとなったらどうする。一人目は高血圧や貧血、その他さまざまな重病を患っていて、時に嘘つきで、占星術師に意見を求め、妻を裏切り、チェーンスモーカーで、マティーニを飲み過ぎている男。二人目は肥満で、三回も選挙に落ち、うつ病気味で、二回も心臓発作を起こし、葉巻を吸い、夜はシャンパンやポルトやコニャックやウイスキーを飲んで、寝る前には睡眠薬を飲む男。三人目は戦争で勲章を受け、女性を敬い、動物を愛し、ビールをときどき飲むぐらいで煙草は吸わない。さてきみは誰を選ぶかね」

セルヴァズは笑った。

「あなたは私が三番目と答えるのを期待していますね」

「ブラボー、当たりだ。きみはルーズベルトチャーチルを捨てて、アドルフ・ヒトラーを選んだんだ。ご覧のとおり、物事は見かけとは違う」

 

****(抜粋終了)****

 

少し魅力が通じただろうか。こういう匂い、空気感が最初から最後まで漂うミステリーなのだ。言葉の一つひとつ、そこに細かくしくまれたロジックを夢中で追い続けているうちに、いつの間にか物語は終わっている。面白い。私は、フランス人はあまり好きではなかったが(冷たい印象があった)、この作家を読んでから、フランス人への見方が変わった。ちなみに「氷結」の中には、村上春樹氏の小説も出てくるし、日本の漫画やゲームも登場する。著者は少々日本通だと感じる。