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書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

学校行事での失敗

 先日、子供の学校行事で、私は大失敗をしてしまった。だいたい、子供の学校行事というものは、私にとっては苦痛以外の何ものでもない。出来のいいお子さんの親御さんなら、学校に出向く事は楽しみとは言わないまでも、苦痛にはならないのだろうと思う。他のお母さんとの付き合いも、子供の友達のお母さん、と、自分も知り合いになっていく、という自然なものだろうし、会話も、子供の日常を話して「そうそう、あるある」と自然に盛り上がれるだろうし。何より、学校での子供の様子を見て、いちいち落ち込む事が無いだろう。

 私の場合は、子供に1人も友達がいないので、お母さん方との付き合いは、子供抜きの、とても不自然なものにならざるを得ない。子供に学校生活を送らせるにおいて、必要な情報を入れる為には私がママ友を作っておく事は必須で、だから私はかなり無理やりにでも、仲良くしてくれそうな人を探して繋がっている。でも、気が合うとか、そういう人達ではないから、当然、一緒にいても気づまりだし疲れる。便宜上繋がっているだけだ、というのを相手も分かっているのだから、会話もさして無い。その上、学校での子供の姿というのはもう、滑稽で孤独で気の毒で、いわゆる「イタイ感じ」なので、見ていてひたすら辛い。子供本人はそれを辛いとも何とも感じていないから、正す事もできない。

 例えば炎天下の運動会で、生徒席の半分が木の陰になっていたとする。息子以外の生徒達は、みんな陰のところに入って待機や見学をしている。しかも、自前の帽子を被っている子もちらほらいる。でも、息子だけは、帽子もかぶらず、最初に先生から指定された待機(見学)場所に座っている。炎天下である。病気になるのではないかと不安になるほどの炎天下の場所に、息子は一人で座っていて、他の生徒さんはみな、賢く木陰に避難している。帰宅してきた息子の顏も首筋も腕も、見事に焼けて皮がむけている。火傷に近い状態だ。息子に「どうしてみんなと一緒に日陰にいなかったの」と聞くと「あそこ(炎天下)で良かった」と言うのだ。「帽子持っていっても別に良かったのだね」と聞くと「そう」と答える。「だったらあなたも帽子持っていけば良かったのに」と言うと「帽子をかぶるタイミングが分からないから嫌だ」と言う。叱るわけにもいかない。ただただ痛々しい。そういう息子を目の当たりにしなければいけないので、学校行事に出向くのは苦痛なのだ。

 だが、子供は、私に来て欲しがるので、仕方なく必ず出席する事にはしている。また、学校での子供の様子を見ておく事は、子供の状況を知る上でも必要で、何か問題が起こった時に具体的に原因を知る役に立つのだ。学校の様子を全く見ていないで、子供のつたない話だけを聞いても、何が問題なのかを正確につかむ事は難しい。だから出向くわけではあるが、子供の学校行事のある当日の朝は、憂鬱感で一杯で苦しい。いや、数日前からすでに憂鬱で体調が悪くなる。歯が痛み、頭痛がし、胃腸の具合も悪くなる。嫌な事を強制的にせねばならない時というのは、本当に人間、しんどいものだと思う。

 先日も、そういう学校行事の一つがあり、苦しい気分のまま出かけて。そして苦痛な時間を過ごし、長い時間を経てやっと終了した。帰りは、子供と一緒に帰る、という段どりだけは知っていたが、生徒達は一旦教室に戻ってしまった。いつ、どういうタイミングで出てくるのか分からないので、他のお母さん達と一緒に、学校の玄関あたりで待っていた。全校生徒のご父兄が待っているから、相当の数で、私は正直、子供をちゃんと見つけられるか不安になってきた。子供のほうから私を見つけるというのは、まず無理だろうし、子供には学校には携帯を持って行かせていない。はぐれてしまうと、連絡がとれないだけに、困った事になるなあと思っていた。

 普通のお子さんなら、親と帰る、という風に予め決められていても、親とはぐれてしまったら、まあそれはそれで臨機応変に一人で帰るだろうから何の問題も無いだろうが、私の子供にそれは無理だ。最初に「一緒に帰る」と決めていたら、延々、私を探し続けるだろう。子供が私を探していると分かっている以上、私もさっさと家に帰るわけにはいかない。面倒くさい事になる。私は、子供が教室から出て来たら、間違いなく捕まえられるように万全の体制で待ち続けた。やっと子供達が出てきた。先頭に担任の先生が歩いていて、その後から生徒達が行列でついてきている。私は目を皿にようにして我が子を探した。息子は子供達の行列のはるか向こうにチラリと見えた。私は見失うまいと、必死で息子の姿を目で追い続けた。

 息子は私に近づいてきて、私に気づき、手を振った。しかし不思議な事に、そのまま私の目の前を通り過ぎて行く。あれ? 一緒に帰るんじゃないの? と私はいぶかしく思い、息子の後を追いかけた。息子を含め、生徒達の列はどんどん流れていき、学校の玄関を出ていく。私は遅れまいと、必死で息子の背中をおいかけた。「〇〇、〇〇」と何度も大声で息子の名前を呼んだが、息子は気づかないでどんどん歩いて行く。一体どういう事なのか。私は立ち止まり、やっと冷静になって辺りを見回した。子供達の列はその私の前を、「何?このおばさん」という迷惑そうな顏をして、過ぎていく。

 私は、学校に戻り、ちょうど玄関にいた用務員の方に「子供達はどこへ行ってしまったのでしょうか」と聞いてみた。その方は「〇〇までみんなで一緒に行って、またここへ戻って来ますから、ここで待っていればいいですよ」と教えて下さった。頭を冷やして周囲を見ると、他のお母さん達は普通にその場で待っている。生徒達の列の後を追いかけ、子供の名前を連呼したのは、私だけだった。みっともなさに、穴があったら入りたい気持ちだった。他のご父兄は、おそらく子供さんや、他のお友達から、今日の段取りを聞いていたのだろう。一旦○○へ行って、また戻って来る、という段どりは、他のお母さんの中では常識だったのだろう。知らないのは私だけだったのだ。しかも私は、息子とはぐれたら大変な事になる、という思いが先走り、冷静に観察したり、これからの段取りを誰かに聞いてみるという事も、しなかったのだ。自分の愚かさに落ち込んだ。どうしようもなく、今、憂鬱だ。

 学校行事の時は、前もって子供から、分かる限りの段取りを聞いておく事。それでも分からない時は、つど周囲の人に、段取りを尋ねてみる手間を惜しまない事。また、子供と一緒に帰る時は、全ての段取りが終わったら、どこか一箇所決めてそこで待ち合わせる事にあらかじめ子供と約束しておくこと。を深く心に刻んだ。

 いつも前倒しで段取りを手配している私が、何故今回、こういう失敗をしたのかというと、子供の学校行事を見に行くのが嫌でたまらなかったからだ。嫌だから考えたくなくて、考える事から逃げていたのだ。だから、手落ちが生まれて失敗に繋がったのだ。学校行事に「いやいや」行っているので、どこか「行けばいいんでしょ」という気持ちになっていた。主体的に行くのではなく、やらされ感、行かされ感、で行っていた。だから手落ちが生まれたのだ。

 嫌な事から逃げない、嫌な事ほど念入りに準備しておく、嫌な事ほど主体的に取り組む、こんな事全部分かっているはずなのに、それでも上手に自分に都合よく、私は逃げて生きているのだなあと改めて気づいた。それが苦しいのだが、今後治せばよいのだと思う事で、苦しさから立ち直りたい。

 

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