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書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

子育てにおける裏切り行為とは

 少し前に拝読した他人様のブログで、ずっと不燃焼な思いが心に残っているものがある。

 その他人様のブログは、こんな内容だった。「長年不登校の、発達障害児の息子がいる。学校に行かないのなら、せめて運動はさせようと思い、自分がよく行くフットサルに一緒に連れていく事にした。息子は気乗りせず『一時間で帰っていいなら行ってもいい』と言うので、それでも良いからとなだめて連れて行った。だが、実際にフットサル場についてみると、人数がギリギリで、息子が帰ると試合ができない状況だった。それでも息子は1時間後に帰ろうとした。その息子を、他の人達が『君に帰られたら試合ができないから帰るな』と止めた。結局息子は1時間では帰れず、2時間フットサルをした。私は息子には『帰るな』と言えなかった。息子が不登校になる以前だったら、間違いなく『帰るな』と言っていたところだ。『帰るな』と息子に言えなかった事を、悶々と悩んでいる」

 私は、このブロガーさんが、何を悩んでいるのか理解できない。息子さんは、最初から「1時間で帰る」と親御さんと約束してから、フットサル場に行ったわけで、その自分の言葉通り、1時間で帰ろうとしたわけだ。息子さんの言動には何の矛盾も問題もない。問題があるのは、この親御さんの言動のほうだと思う。

 不登校の息子さんに、せめて運動はさせてやりたいと思ったのは、親としてよく理解できる。でも、息子さんが『フットサルは1時間しかやらない、それでもいいなら行く』と言って、自分もそれにOKを出しだのなら、約束通り、息子さんが1時間で帰れるように段取りをすべきだったと思う。つまり、フットサル場に着いて、参加人数がギリギリしかいない事に気づいた時点で、「人数が足りなくなって申し訳ないが、うちの息子は1時間で帰ります」と前以て参加者全員に伝えておくべきだった。そのぐらいの気配りと段取りは、親として当然やるべきことだったと私は思う。

 それをせず、あわよくば息子が周囲の人の「力」に負けて、一時間で帰る事を諦めてくれるのではないか、という都合のよい思惑でもって、何も手をうたず、あたかも息子さんが我が儘を言っているかのように、この親御さんは考えている事が、私には理解できない。息子さんと交わした「1時間で帰っても良い」という約束を積極的に守ろうとしなかった事が、私には理解できない。しかも、この息子さんは発達障害児だから、発達障害の共通の特徴として「予定の突然の変更をとても苦痛に感じる。どんな物事も、全て前以て予測しておきたいし、その予定通りに行動できないと、とても辛く感じる」という事を、この親御さんは、発達障害児の親として、当然知っているはずだし、知らないとしたらとんでもない事だと私は思う。それは、喘息の子供にアレルギー検査を受けさせるとか、卵アレルギーの子供には卵を食べさせない、とか、そういうたぐいの「常識」だと思う。

 この親御さんは、息子さんが不登校になる以前には、こういう場合、息子さんに「帰るな」と間違いなく言っていた、と仰っている。まるでそれが正しい事のように思っておられるのだ。

 「1時間で帰ってよい」と息子さんと約束した上で連れて来たにも関わらず、状況のなりゆきで帰りずらい状態になったからといって、息子さんとの約束を勝手に反故にする事を迷いなく選ぶ親というものを、息子さんはどう感じるだろうか。私が息子さんなら、親に裏切られた、と感じると思うし、この親は約束を守らない、と思うと思うし、また、この親は周囲への体面を、私の気持ちよりも優先する人間なんだな、と思うと思うし、もう二度と一生フットサルはしない、と思うと思うし、自分の身を守る為には、親の勧めてくる事は全部拒否せねばならない、と思うと思う。つまり要するに、親を見限るし親を心の中で捨て去る事で、自分を守ろうとすると思う。

 生まれたばかりの赤ん坊にとって、親=世の中だ。それが成長するに従って、少しづつ親以外の世界の存在に気づいていき、世界をどんどん広げて認識していくが、大人になっても心の深いところで私達は、やはり親=世の中、という感覚は失ってはいない。

 その親が、約束を守らず子供を裏切るような事をしていたら、子供は親を信じられなくなり、そういう経験が積み重なった結果、子供は世の中を信じられなくなる、つまり、世の中に出て行く事ができなくなるのだと私は思う。子供が勇気を持って毎日世の中に出て行く事ができるのは、子供が親を信じているからに他ならないと私は思う。つまり、親が、子供を裏切らないことが、子供に世界を信じる勇気を与える事に他ならないと思うのだ。

 引きこもりになる原因は一つだけではないが、親が平気で(またはむしろ良かれと思って)子供を裏切り続けた結果が、引きこもりの原因の一つになり得ると、私は思う。

 子供を成長させる為に、何か特別な子育て(例えば、「強くなるように鍛え上げる」とか「自立できるように何でも自分でさせる」とか)をする必要はないと、私は思う。子供は子供自身の伸びていく力で、ちゃんと成長していく。親がすべきなのは、基本的な衣食住の世話と、世間一般の常識を教える事、そして子供が能動的に何かを求めてきた時にできる限りそれに応えてやる事だと思う。その上で何よりも大事な事は、子供を裏切らない、という事だ。特に、親が世間的な体面や周囲に良い親だと思ってもらう事を優先して、子供の心を裏切らない事が、何よりも大事なことだと思う。親が子供を裏切れば、子供も親を裏切るしかない。

 そのブログの最後に、更に理解できない文面が書いてあった。「今回のように、『帰ってはいけない』という事を、私ではなく、他の方から息子に言ってもらうのが、ベストな方法だったと思う」と、書いてあったのだ。何故?どこがベストなの?息子さんは、親御さんと、「1時間で帰る」と約束したわけだ。臨機応変だか何だか知らないけれど、現場の状況がそれを許さないものだったのだとしても、息子さんからしたら、交わした約束を反故にされるのは納得がいかないに決まっているし、百歩譲って反故にせざるを得ない場合でも、約束を交わした当人である親が後ろに引っ込んでしまうのは、どう考えても解せない。約束を反故にするならするで、約束した当人である親自身が、親自身の責任で、親自身の言葉で、子供に対して、「こうこうこういう事情だから、1時間では帰れなくなった。約束したのに申し訳ないが、もう少しフットサルを続けてくれないか。みんなの為に」と頼むのが筋だ。「帰らないで下さい」とお願いするのが筋で、「帰ってはいけない」と命令するのは違うし、「帰るなんてとんでもない」と怒るのはもっと違う。ましてや、約束を交わした当人ではない、赤の他人に人数の力で「帰るなんて許さない」と圧力をかけてもらう事を「ベストな方法だった」と思うなんて、私にはまったく理解できない。私が息子さんなら、それは裏切り行為以外の何ものでもないと感じると思うし、とても傷つくと思う。

 このブロガーさんの、子育てに対する「親としての在り方」が、私にはまったくもって理解できない。他人の子供のことだから、放っておけばいいのに、発達障害という我が子と同じくくりの息子さんが、どうしても気になって心がふさぐ。けれど、私には何もできない。他人様のブログを勝手に拝読しているだけなので、何もできないのは当然なのだけれど、もしこれがリアルに知っている人だとしても、私は何もできないのだ。 

 私は何もできない理由は、私は、私の考えが正しいかどうか分からないからだ。私は、私の考えを正しいと思っているが、それが世の中の絶対的な真実だとは断定できない。私が間違っていて、相手のほうが正しいのかもしれない。ほとんど全ての事象に対して、私は同じように感じている。私には、断固とした私自身の考えというのがあるのだけれど、それは世の絶対的な真実かどうかは、私には分からない。私が間違っているのかもしれない。ただ、生きづらさを感じて苦しんでいる発達障害児の話は、他人事のように聞き流せず、心につまってしまう。つまったからといってどうする事もできない。