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書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

結婚って「安心」と「不自由」の綱引きかも。

 まったく真逆で、それ故に考えさせられるブログを2つ拝読した。一人の方は、結婚を決意した、という内容。もう一人の方は、離婚を決意した、という内容。

 結婚を決意した方は、こんな風に書いておられた。「思い切ってやりたい事をやろう、とか、わくわくする事をやろうと思ってやって来たけれど、お金が続かない。毎月銀行残高が足りなくて、督促状が来る。今月もヤバいんじゃないかと不安で仕方ない。『わくわく』よりも『安心』のほうを、私は優先したい人なんだと気づいた。まずは安心・安全。お金の心配をしなくていい人生。やりたい事をやるのは、それが実現してからだ。だからまず今は、私を養ってくれて安心・安全な人生をくれる人と結婚したいと思っている。死ぬほど好きって感じじゃないけど安心をくれる人と」

 離婚を決意した別の方は、こんな風に書いておられた。「夫の事は好き。でも私は、自分のやりたい事言いたい事を我慢して夫に合わせてきた。その代わり、夫は私を養って、安心・安全な人生を与えてくれた。私の心と、彼の経済との物々交換。でも、言いたい事やりたい事ができない人生は苦し過ぎる。息がつまる。自分の気持ちを出すと叱られる。毎日毎日モヤモヤウツウツ。仕事も何も決まっていないし、経済的に一人でやっていけるかどうかも分からないけれど、離婚する事に決めた。一人で生きる。自分の一番を大事にして、私が私を取り戻す為に」

 今ある自由より経済的な安心が欲しくて結婚する人がいる一方で、今ある経済的安定より自由が欲しくて離婚する人がいる。このお二方は一度結婚離婚を経験されている。つまり結婚離婚の経験者である。このお二方の考えを読んで、結婚って、「(経済的)安心」と「不自由さ」の綱引きかも、と思った。あっちにいったりこっちに来たりを繰り返すのかもしれない、と思ったのだ。

 私自身のことを考えると、結婚生活において私は、私自身の事情よりも、夫や子供の事情を優先している。その為、夫が長期で家にいる時期は、不自由さで息がつまり、かなりしんどくなる。子供が成長したら、長期休暇の間は実家に避難しようと考えている事は、以前ブログで書いた通りだ。私の思考は、「しんどいから離婚しよう」という方向には行かない。

 我が家は夫の稼ぎで生活しているが、私には財産があるので、離婚しても経済的には困らない。なので経済的理由で離婚しないわけではない。

 多分、こういう事だと思う。結婚生活におけるしんどさは、結婚生活についてまわる事だと、私は思っているのだ。それは、受験勉強のしんどさや、部活のしんどさと、私には同じ事のように思えるのだ。しんどいけど学校行きたいから勉強する、とか、しんどいけど部活したいから頑張る、というのと同じで、しんどいけど、結婚生活続けたいから、やめる気にはならない。

 などと偉そうな事を書いているが、実際は全くたいした人間ではないし、こうやって人さまの事情をあれこれブログで書いてみるなど、下品な事をやっている。こうやって「私はなんでもできている」風に偉そうにしていると、経験上必ずどこかですっ転ぶ事になるので、もう止めておこう。ネタに使ってしまった先のお二方には心の中で謝っておきたい。