書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

洗濯が楽しくなるコツ

 家事の中では洗濯が一番嫌いだった。潔癖気味が災いし、毎日大型洗濯機を2回転する量の洗濯物が出る。身から出た錆とは言え、延々干す作業と取り込む作業に、ウンザリしていた。しかしながらある時偶然、洗濯を楽しくするコツをつかんだ。

 部屋着をお洒落にする事だ。

 一言で「お洒落」と言っても幅が広いが、私の感覚では、上質でデザイン性がある着心地のいい整った服、という感じだ。例えば今の季節だと、私は家で、カシミヤセーターと凝ったデザインのスカートを着ている。インナーは勿論着ているが、それでもカシミヤセーターの肌あたりの心地良さは格別だし、毎日日替わりで気に入ったデザインのスカートを着るのも気分が良い。ある時、ほんの気まぐれで、外出の用事もなかったのに外出着のような格好をして家で過ごしてみた日があった。ら、なんだか家事が楽しいのだ。家事だけではなくて、一日中楽しいのだ。気分が上がる、と言えばいいのか。特に服を触る洗濯作業が、苦にならなかったのに驚いた。

 それまではずっと、部屋着は着易さと洗濯のし易さで選んでいた。着ていてラクで、洗濯機でガッと洗える服。冬なら化学繊維のフワモコ系のチュニックとレギンスという感じ。機能性はいいものの正直安物感は否めなかったが、家だし誰も見ないし、と気にしていなかった。ウエストもゆるゆるのゴムなので締まりがない。姿勢も悪くなるし動作が雑になるがそれも気にならなかった。雑な服を着る事で、姿勢も動作も思考までも雑になり、それが生活から「楽しさ」を奪っていたのだと気づいた。

 家で着る服をカシミヤセーター&凝ったスカートに変えてみたところ、まず、ウエストがしっかりあるので姿勢が崩れない。悪い姿勢をとるとお腹が出てウエストが苦しくなるから、いつも背中をピンと伸ばす事になる。それだけで何かが違う。更に、腕や肩まわりが薄く柔らかいセーターにくるまれているので動きが繊細になる。フワモコ系のかさばった生地を着ていた時は、動きを丁寧にしようという気分にはなれなかった。また、比較的高価なものを身に付けている、という感覚も気持ちが良い。改めて、服は自分と一体化しているものなのだ、と気づいた。

 カシミヤセーターも凝ったスカートも、家で手洗いしているが、案外これも楽しい。「私の服を丁寧にお手入れしている感」が心地良いのだと思う。そう言えば独身の頃、私は、洗濯作業が好きだったのだ。自分の服だけを洗っていたからだ。私は基本、自分のものをお手入れするのは好きなのだ。今洗濯をあまり楽しいと感じないのは、家族の服も洗わなくてはいけないからだ。特に夫の服は大きいしかさばるし全く美しくないので、扱っていて楽しくないのだ。自分の服だけをお手入れするのはむしろ楽しい事だった。

 結局、服というのは、自分の為に着るものなのだと遅ればせながら気づいた。ただ不必要に値段だけ高い服を着れば心地良くなれるわけではないが、自分がその価値を認められる服を身に付けている事は、自分の内面にも影響を与えるのだと思う。自分にも価値があると無意識に感じる事ができる。安直な方法かもしれないが、自尊心が高まる。生活の一つひとつを丁寧に行おうと思えるから、家事も当たり前のように自然にやれてしまうのかもしれない。