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書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

祝:お正月期間終了

 やっとこお正月が終わり、平常運転の日々が始まった。夫は会社に行き、子供もルーティンをこなす日々に切り替わった。私は、三が日でたまった家の汚れを一気にお掃除。2時間ぐらいかかったけれども、きれいに片付いた家を見て、幸せをかみしめた。

 静かな(テレビの音のない)リビングでほっと深呼吸。心から全身が伸び伸びする。観葉植物の葉の隅々まで伸び伸びしているように見える。本当に、年末年始と、GWは苦しい。それだけこの期間が終わった直後の平日には、生き返った思いがする。以前からそうだったけれども、年をとるごとに益々この傾向は強まっている気がする。次のお休み期間にも、私の体はもつだろうか心は折れないだろうか、と最近不安になり始めた。

  誰が悪いのか分からない。しいていえば、私自身が悪いのだろう。極端に神経質なのだ。煩くて汚いものに我慢できないのだ。いや、我慢はできるのだけれど、我慢するのが苦しくて仕方ないのだ。でも、我慢はする。だからこそしんどい。堂々巡り。この神経質さをどうにかしないと、苦しさからは逃れられないと分かっているが、どうしようもない。耐えるしかない。

 お盆休みは旅行に行くので、旅行なりのストレスはあっても、煩い環境に耐え忍ぶ苦しさは、ない。家では自室にこもっていても、夫や子供から何かにつけて呼び出されるので落ち着かない。また彼等自身も30分に一回は私の部屋に来て、私の様子を確認し、何かと話しをしていく。気が休まる暇がない。ちょっと廊下に出れば汚れて煩い家が目に入ってげんなりする。たまらず掃除を始めても、片づけたはしから汚されていくし、「ここに置いてた僕のケータイどこにやった?」とか「あ、ここに置いてたコーヒー、まだ少し残ってたやろ。飲もうと思ってたのにもう捨てた?」とか、、。片づける事もできない。

 年末年始もGWも旅行に行けばいいのだろうけれど、正直そこまで旅行も好きではないのだ。私の望みは、自分の家で静かに過ごす休日なのだ。一人静かに過ごせる環境だ。子供が成長したら、休日は実家に逃げ出そうと思っている。実家は電車で一時間程の場所にあり(車なら40分程)、とても静かな環境に建っている。今は母が一人で住んでいる。高齢だが元気だ。実家がとても静かな家だったので、そういう環境で育ってしまった事も、私の神経質さを助長したのかもしれないし、そもそも、両親共に静かな人なので、そういう遺伝子が私に凝縮されて伝わってしまったのかもしれない。

 昨晩はとうとう私のストレス許容量が一杯になってしまい、子供に対して我慢する事ができなかった。夜、一層テレビの音が高まっているリビングを抜け出し、自室でストレッチをしながら心地よい瞑想の世界に行きかけていた時、子供が私の部屋に入って来て、この休みの間に何度も聞いた話を、また繰り返し話してきた。

 ウチの子は、気に入った話を何度も繰り返し話す癖がある。普段は子供が話したい限り、忍耐して聞いてやるようにしているのだが、昨晩はどうしても忍耐が出来なかった。反射的に「その話、あなたずっとしてるよ。もう何日も。悪いけどもう聞きたくないから止めて」と言ってしまった。私自身は怒る口調ではなく、淡々と伝えたつもりだったが、休日モードで羽目を外してご陽気になっていた子供には、とてもこたえたようだった。手厳しい拒絶をくらった、と感じたようだ。それで、「でも、僕は話したい」と言い出した。「でも、ママは聞きたくないの」「でも僕が話したいからええやん」「でもママは聞きたくないのよ」「でも僕が」と延々言い合う事になった。

 こういうモードに入ると、ウチの子はしつこい。3歳児に戻る。普段は素直で冷静な子なのだが、一旦こういうグルグルモードに入ると、人が変わったようにしつこい悪魔になるのだ。特に、お正月休みとGWは、夫が家にいるから子供にもストレスがたまっている。普段、私と子供の二人の時は子供も自由にやっているし、元来私に似て静かな環境を好むタイプなのだ。彼はテレビも見ない。家にいる時は、PCを触っているか本を読んでいるか勉強しているか、私に話しかけているか、だ。

 話し好きなところだけが、私と違うのだ。思春期に入っても親を避ける事もなく、何でも話してくれるのはいいのだが、同じ話を繰り返し私に聞かせたがるという難点がある。それも、彼にしか分からない小学校の時のエピソード等を、爆笑しながら私に話してくる。本人は楽しくて仕方ないのだが、聞かされているこちらは楽しくもなんともない。爆笑しながら話すので、聞きとる事すら難しい。それでも普段の私なら、難なく聞いてやれているし、子供もそんなにしつこく話してはこない。

 このバランスがお正月休みになるとおかしくなる。私のストレス許容量もマックスに達するし、子供もストレス解消に普段よりも頻繁にこの悪い癖が出る。話しても話しても話したりないらしく、同じ話を延々繰り返して止めない。毎年きわどい状況になっていたが、私がなんとか耐え抜いて事なきを得ていたのだ。が、昨晩はとうとう決壊してしまった。

 私はストレッチを止め、ヨガシートを片づけ、子供と対面してちゃんと話したけれど、それでも2時間以上子供の相手をさせられた。くだらない、子供だって分かっている事の道理を話して聞かせ、話して聞かすはしからイチャモンのような揚足とりをされ、それについてまた丁寧に説明し、また揚足とりをされ、子供はとにかく私を寝かさない事、私に、子供自身の気が済むまでこの不毛なやりとりの相手をさせる事、それだけを目指して話しているので、話しにかたが尽きそうな気配になると、急に違う話題を持ち出して、「あの時はこういう事が嫌だった。ママはどうしてあんな事をしたのか」「あの人はああいう事をしていたけれど、あれは許されるのか。ママはどうしてあの人には注意しないのか」等と際限なく繰り出してくる。最初、子供が嬉々としていつもの「繰り返し話」をしてきた時に、拒否しさえしなければ良かったのだ。あれを拒否してしまった結果、必ずこうなる事は分かっていたのだ。これが、私の地獄のお正月の最後の日の最後の時間だった。ひどいもんだ。我ながら本当に悲惨だなあと思う。

 今朝は夫はさっぱり元気に会社に行った。幸い、今年は年初からトップギアで忙しくなるらしく、しばらくは土曜日も出勤せねばならないらしい。頑張って下さい。子供は反省したのか自室で大人しく勉強している。昼頃リビングに来て、「僕、今日は大人しいよね」と、まるで誉めてくれと言わんばかりに言ってきたので「そうやね、えらいね」と馬鹿馬鹿しいと思いながら誉めた。この子を一人前に育てあげる道のりの遠さを思うと、涙が出そうになるが、何故か私はあまり泣かない人間なので、泣く事はない。