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書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

律儀に働けること希望

 前回、最近はきっちりした人が増えて、暮らしやすくなった、みたいな事を書いた。それで思い出した事がある。

 以前アメリカに住んでいた事があるのだが、あちらでは、電話の問い合わせで、生身の人間が出る事はまずなかった。全部音声ガイダンスだ。音声ガイダンスの指示に従い、従い、従い続けて何度も1や2や♯を押した挙句、音声ガイダンスでは対応できない要件の場合は、という所まで到達しても、電話番号を登録して下さい折り返しお電話します、となり、折り返しのお電話は来ない。百貨店等の配送も、時間指定など無理で、せいぜいできて日程の指定のみ。だから丸一日待たないといけないのだが、待てどくらせぞその日に配達が来ない。問い合わせの電話を入れると、これまた音声ガイダンスだ。。だからアメリカでは、誰も配送を頼まず、できる限り自分で運ぶ。乗用車のトランクにベッドマットレスを突っ込んで、後方にぶらぶらぶら下げて走る車を見たりするのはこのせいだ。

 ドイツに住んでいた友達が、「きっちりした国民性で知られているドイツですら、電車は時間通りに走らないよ」と言っていた。特急列車等が、平気で1時間以上遅れたりするそうで、しかも1時間以上遅れているのに、その理由を教えてくれないそうだ。アナウンスが一切無いのだとか。だから、乗客は、何故遅れているのか、一体いつ着くのか、分からない。日本だと、2分遅れてもアナウンスが入り、どういう理由で遅れているのか、到着時刻はどうなるのか、きちんと乗客に知らせてくれる。律儀だと思う。

 住みやすい国に住んでいるんだなあと、時々思う。しかも最近は、益々、律儀な人が増えたように感じるわけで。

 でもその一方で、過労死される人がいたり、理不尽な量の仕事や教育を押し付けられる人もいる。そういう職場は、律儀さと無理難題を混同しているのではないかと思う。元来、この2つは全く別のものだ。律儀に働く、という事と、無理難題を押し付けられる、という事は、全く別物。もし、自分の職場が後者だと思えば、四の五の言わず速やかに逃げるしかないと私は思う。仕事=食い扶持、である以上、逃げるのは怖いし難しいかもしれないが、それでも逃げる。生きる為に逃げる。私の子供も、あと何年かしたら、真剣に仕事について考えなければいけない時期が来る。まったく他人事ではない。子供が、律儀に働ける職場に繋がれるように願うし、そうなれるように私にできる事があれば、やっていこうと思う。

 自分自身の事については、私は専業主婦なので家事育児しかしていないのだが、「律儀」じゃないかと、自分としては思っている。自画自賛で申し訳ない。あまり誤魔化さないし、夫の立場、子供の立場で動いていると自分では思っている。まあ、自己評価なので相当甘い評価だが。夫は色々面倒くさい人ではあるが(私もそうだが)、私が「(一応)律儀」に主婦をやっている事だけは、認めてくれているように思う。というか、律儀さ以外に私の長所は何も無い。家の中でだけではあるが、誰かから押し付けられる事もなく、自分発信で自分の裁量で働ける今の環境が嬉しい。もし私の子供が女の子だったら、専業主婦という生き方も選択肢の一つに入れてあげたい(実際は男の子なので、そうもいかない)。夫選びを間違えない事と、資産運用をそこそこやれれば、専業主婦もそう不安定な生き方ではないと私は思う。