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書くしかできない

子供、夫、私。過ぎていく日々を書き留めています

突然歩けなくなった

日々の思い

「何もしない」事についてずっと書いてきている。「何もしない」時間でも、あてのない散歩はしているが、あくまで「散歩」であって、ウォーキングではない。

以前、「何もしない」時間に、せっせと運動をしていた時期があった。ジムにも通い、時間があればウォーキングをしていた。一日一万歩歩く日も多かった。とにかく「歩く事」が健康に良いと信じていた。確かに、歩くと頭がすっきりとし、体調も整うのだ。しかも一定速度で歩き続けると、脳内に快楽物質が分泌されるようで、心地よいウォーキングハイ状態になる。私は、ウォーキングハイ中毒になっていた。

ある日、急に歩けなくなった。足を前に出そうとすると、足に激痛がはしり、一歩も動けなくなった。病院に行き様々な検査をしたが原因が分からない。整体にも通ったが、ただただ痛いだけで歩けるようにはならない。とにかく全く歩けない。一歩も歩けないのだ。かろうじて家の中は歩けるが、靴を履いて外の道を歩き出すと、10歩ぐらいで足に激痛ははしり、そこから一歩も進めなくなる。怖くて外出ができない。買い物はスーパーの宅配を使い、どうしても出席が必要な子供の用事はタクシーを使い、基本家から一歩も出ずに過ごすしかなかった。その状態で数か月過ぎ、ひょんな事から受けた病院の検査で原因が判明した。

原因が判明してもすぐに歩けるようになるわけではなかったが、治す方向性が見えただけでも嬉しかった。それから根気よく治療していき、今はもうほぼ完治した。再発の可能性は常にあり、また、なってしまう原因は現代医学では分からないので防ぎようもないのだけれど、私の個人的な感想としては、シンプルに「歩き過ぎた」んだろうなと思っている。歩いた分、十分に体をいたわって、時間をかけてストレッチをしたり休んだりすればよかったのだけれど、ストレッチなんかほとんどしなかったし、自由時間めいっぱいウォーキングに費やしてしまっていた。ウォーキングから帰ってすぐに家事育児にとりかかっていたので、足を休める事も全くしなかった。そういう生活を何年も続けてしまった結果が、足の故障に繋がったのだと、個人的には思っている。

なので、今はもう、ウォーキングはしていない。歩く時は、あくまでも「散歩」をしている。そして、ストレッチや体を休める事のほうに重点を置いている。

なんだかんだ有意義な事で動き回っていた頃の私は、生理痛頭痛肩こりがひどく鎮痛剤を手放せなかった。活動的でいるのを止めたら体中の痛みもなくなった。こうなるとまた、もっと健康になりたいと思うようになり、健康には歩く事が一番だ、と思いつめ、歩き過ぎて足を壊した。いずれにしても私は、とても欲張りなのだ。自分の時間を、なんらかの形で充実させたくてさせたくて、仕方がない性分なのだ。

それが分かっているので、私はあえて、家事育児以外「何もしない」事を自分に課している。これはこれでいずれ落とし穴がくるのだろう。その落とし穴は今の私には見えない。