石油やダイヤモンドをはじめとした多くの資源に恵まれているアフリカ。
にも関わらず、そこに暮らす人々が、厳しい貧困に苦しんでいるのは何故か。
膨大な資源から生み出される巨額の富は、一体どこに消えてしまうのか。
そのからくりが、この本に書いてあります。
そのからくりを一言で言えば、「資源の呪い」という事になる、と著者は書いています。
それはつまり、こういう事です。
その国が、天然資源から多くの収入を得る事ができる場合
もはや政府は、国民に対して、課税する事で収入を維持する必要がなくなります。
政府が、国の天然資源を外国に売り、外国はその代価を政府に支払う。
この構図の中に、国民は介在しません。
政府⇔外国、という関係だけが存在するわけです。
(そしてアフリカの場合、この政府というのは、たいてい、支配階級、という意味になります)
政府が国民に、税金を払ってもらう必要性がなくなると、どういう事態になるか、というと、
政府は国民に対しその生活をサポートする義務を、果たさなくなるのです。
本来、国民は、その政府が自分達の生活をサポートしてくれないなら、税金を払わない、という対抗手段に出る事ができますが、
天然資源を外国に売る事で資金を豊富に持つ政府は、
国民から税金を集める必要がないので、
国民に対して義務を果たさなくなるのです。
つまり、資源収入に基づいた国家経済は、独裁政治に陥りやすいという事です。
それが、「資源の呪い」である、と著者は書いています。
私は、学生の頃、学校で、日本は資源のない国だと習って、悲しいなあと思ってきたのですが、
アフリカの現状を見ると、
むしろ日本は資源のない国で、幸せだったのかもしれない、と思いました。
そしてこれは、こと「資源」だけに限る話ではなく、「国家」だけに限る話でもなく、
1人1人の人間にも、言える事かもしれない、と思いました。
つまり、才能だけに頼った人間形成は、危うい、という事です。
それは、才能の呪い、と言えるかもしれません。
私達が、「自分は才能があるから、自分の心身の他の部分からの声は無視してもいい」と考える時、私達は、「人」として、貧しくなっていくのかもしれません。